不審者メール

 私の住む地域は、都会から少し離れた場所にある、いわゆるベッドタウンです。
 自然豊かで治安もよく、静かな環境が気に入っています。
 そんな地域なので、地域の防犯メールを登録してあるものの、届くメールといえばオレオレ詐欺の注意喚起などのメールのみで、平穏に過ごしていました。

 我が家の中一と小二の子供たちが新学期に入ってすぐの頃だったので、四月か五月くらいだったと思います。
「不審者情報」と書かれた防犯メールが届きました。
 内容は、小学校付近の緑地前──郵便ポストの横で、子供たちが全身黒尽くめの男を昼夜問わず目撃している……というものでした。
「今のところ声掛けなどはないが注意が必要」と書かれており、続いて、警察のパトロールが強化される旨が記載されていました。
 ちょうど子供たちの通学路だったので、子供たちに気をつけるように伝えました。
 ですが、2人とも顔を見合わせて、微妙な表情をしています。
 どうしたの? と聞いても、「別になんでもない」としか答えてくれません。
 小2の息子に至っては、顔色が明らかにおかしいのです。
 心配だったのでしつこく問い詰めると、ようやく娘が息子の顔色を伺ったあとに話してくれました。

「あれ、不審者とかじゃないよ。多分死んでる人だよ」 と、大真面目な顔をして言います。
 私は全身に鳥肌が立つのを感じましたが、なんでそう思うのか聞きました。 「首がおかしなくらい長くて、変な臭いがする。それに、見える子と見えない子がいるから……。私も弟も見えるけど、一緒にいた友達は見えてなかった。学校でも噂になってる」
 どうやら小中学校でこの謎の人物についてかなり噂になっているようで、事態を重く見た教職員が現場を見に行くも、その時は何も確認できなかったそうです。
 それでも子供たちの怯えぶりは尋常じゃなく、保護者からも相談が相次いだことから、ようやく通報に至った……ということでした。 そういったことを話し終えた娘は、未だ黙ってうつむいたままの息子に、「あのこと、ちゃんとお母さんに言ったほうがいいよ」と促しました。
 私が息子の肩を抱いて何かあるなら話してほしいと言うと、息子はボソボソと話し始めました。

「この間、A君とB君と帰ってたとき、いつもの所にアイツがいて、B君は俺と同じで見えてたから、見えないA君をからかってた」
 息子は、今にも泣きそうになりながら続けます。
「そしたらA君が怒って、アイツに石投げた。見えてないから怖くないって言って、笑いながら投げてた。全部すり抜けてポストに当たってたから、俺は怖くて、やめろよって言ったんだけど」
 そこまで言って、息子はついにポロポロと涙を流してしまいました。 背中をさすりながら続きを聞きます。
 「A君がでっかい石を拾って振りかぶった時、 A君の顔のすぐ近くにアイツの顔が来てた。A君は見えてないはずなのに、振りかぶった体勢のまま固まってた……」
 そのあと、息子とB君は怖くなり、A君を置いてその場から逃げた……ということでした。
 翌日からA君は体調不良を理由に登校せず、息子は罪悪感からこのことをずっと話せずにいたそうです。
 それが1週間前のことだと言うので、「A君はまだ来ないの?」と聞くと、静かに頷きました。
 最後まで聞いてなんとも言えない気持ちになり、翌日、A君の家に一緒にお見舞いに行こうねと約束をして話を終えることに。

 翌日は約束通り、学校から帰った息子と2人でA君宅を訪問しました。
 結果的に、A君は階段を踏み外して骨折してしまった為、長期的にお休みしているということでした。ゲームをしながら階段を降りたことによる不注意だったそうです。
 息子が恐る恐るA君にあの時どうなったかを尋ねましたが、A君は「なにそれ……」と逆に驚いている様子。
 A君の記憶では、3人で下校し、B君にからかわれて石を投げ、息子に止められたので、石を投げるのをやめて帰った、と言うことでした。
「2人とも先に行っちゃったから、怒ったかと思った」と、A君。
 ポストに石を投げたことをお母さんに知られて、少しバツが悪そうにしていましたが、嘘をついているとか誤魔化している様子はありません。
 息子の記憶とA君の記憶に食い違いがあり気持ち悪くもありましたが、兎にも角にもA君が無事でいてくれて、週明けには登校するという話に、息子は心底安心したようで、その日は随分と久しぶりに息子の笑顔を見られたように感じました。
 翌日、違うクラスのB君にも聞いたそうですが、やはり息子と同じ記憶を持っていて、A君を置いて行ってしまったことに罪悪感を感じていたそうで、A君の現状を聞いて安心していたとのこと。

そして、その後わかったことがあります。
 そこから一ヶ月程して、緑地の奥まった場所で首を吊った男性のご遺体が発見されました。
 暖かくなってきて腐乱がすすみ、その異臭を不審に思った近所の方が見回りした際に見つけたということでした。
 男性は喪服を身に纏っていたそうです。

 この事実は大人たちの間のみで共有され、子供たちには知らされていません。
 なぜ、息子・B君の記憶と、A君の記憶に違いがあったのかはわかりません。
 ですが、あれから四年。
 わんぱくでほとんど学校を休んだことがなかったA君が、四年の間にみるみる元気をなくしていき、六年生になった現在、不登校になってしまっているのがとても気になっています。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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