樹海探索者

 バイト先に平塚という、ちょっと変わってる奴がいる。
 そいつ、樹海探索をするのが趣味らしいんだけど、目的が「死体探し」だっていうから、趣味というよりは悪趣味かもしれない。
 でも平塚自体は明るくて社交性もあって、何より顔が良いってことで、男女問わずモテてたんだよね。
 ただ、同じくバイト仲間であり俺の幼馴染である八潮だけは、平塚のこと毛嫌いしてて。
 嫌いの度合いが強くて、「近くにいるだけでもムカムカする」「存在自体が糞」っていう理不尽な理由が面白くて、俺はそれで結構からかったりしてたんだよ。

 そんなある日、俺と八潮が休憩所で談笑してるところに、シフトに入ってないはずの平塚が荷物を取りに来た。
 平塚のツラを見た瞬間、露骨に嫌そうな顔をする八潮。
 俺と平塚はなんか気まずくて、愛想笑いし合って「うっす」とかなんとか、軽く挨拶した。
 平塚はなんだか山でも登りに行くようなすげぇ重装備してたから、俺はピンときて「これから樹海?」って聞いたら、「わかる?」ってニヤつくんだよ。
 俺もオカルト好きだし、「樹海でお化け見たら教えてよ」って冗談めかして言ったら、平塚は「わかったw」ってニヤニヤを崩さずに応えた。
 その間、八潮はずっと黙ってそっぽ向きながらおにぎり食ってる。
 目的のものをロッカーから取り出した平塚は、「じゃ」と一言言って、休憩所から出て行った。
 俺は八潮に、「さすがに露骨すぎんだろ〜。気まずいんだよこっちは」と文句を言ったが、不快そうな顔で「キモいんだよアイツ」と悪態を吐くだけだった。

 そこから2週間ほど平塚はシフトに入っておらず、その間の八潮は清清としたような感じでいたので、よっぽど嫌いなんだな〜と苦笑いしたのを覚えてる。
 3週間目の火曜日、平塚はバイト先に現れた。
 久しぶりに見た平塚は、元々痩せてて色白だったのが、余計に白くなったような青くなったような……なんていうか、やつれて見えて、少しギョッとした。
 それでも明るい性格はそのままで、店長の「お前また痩せたんじゃねぇの? 益々もやしに似てきたな」という軽口にもヘラヘラと笑って対応していた。
 俺に遅れること数時間、遅番で出勤してきた八潮が、平塚を見るなり口をへの字に結んで、いつにも増して憎々しい顔で一瞥していたので、またからかってやるつもりで、八潮を追いかけてロッカー室に入った。
 制服に着替えてる八潮に、いつもの調子で「今日は一段とすげー顔してたな」と笑いながら言う。
 が、当の八潮はやたら深刻そうな表情を崩さず、「はぁ……」と深くため息をつくと、着替える手を止めて、「俺今日は帰るわ」と、着ようとしていた制服を脱いで無造作にリュックに詰め始めた。
 ピンときて、「……平塚が気になる?」と聞くも、八潮は一瞬考えて「まあそんなとこ」と曖昧な様子。
 俺はその場で、様子のおかしい幼馴染と飲みの約束を取り付けた。
 八潮が早退してから、平塚はバイト仲間たちと樹海の話で盛り上がっているようだったが、なんとなく俺は聞く気になれずに傍観を決め込んだ。

 18時頃に仕事が終わり、仮病を使って早退した八潮と、お互いの家の最寄り駅で待ち合わせて居酒屋に向かった。 グダグダとくだらない話をして酒を飲み交わす。
 俺はずっと気になっていたあのことを八潮に聞いてみた。
「なあ、なんでそんなに平塚のこと避けてんの? なんかされたんか?」
 普段ならまた曖昧に答えてはぐらかす八潮が、酒の力も手伝ってか、しばらく考えた後に、こう切り出した。
「言ってもわかんないと思うけど。あと、引かないでほしい」
 引くってなんだ? とも思ったが、「わかった」と答える。
「俺ね、子供の頃から見えるんだよね。死んだ人が」
「は??」
 八潮とは小3の時からの付き合いだが、そんな話今まで一度も聞いたことがない。 突然のカミングアウトに驚いて、変な声が出た。
「だよな。わかる。俺もそう思う。だからあんま人には言わない。変な目で見られるの嫌だし」
 言って、ビールを飲み干す八潮。
 そうなってくると、オカルト好きな俺としては聞きたいことが山ほどあったわけだが、そんなことよりもまずは、気になることがあった。
「え、じゃあもしかして……平塚って」
 八潮は、静かに頷く。
「めちゃくちゃたくさん乗っけてる」
「だからあんまりアイツのこと見れないし、見たくないんだよ」
 なるほど……なんだかものすごく合点が入った。 八潮はつまみを齧りながら、吐き捨てるように続ける。
「アイツ……多分死体見るだけじゃ飽き足らず、なんか他にもやってるはず。じゃないとあんな怨み買わねぇよ」
 どうやら、平塚に憑いてる連中は平塚に対して恨み言を言っているらしい。
 八潮にも何を言ってるかまでは聞き取れないが、皆一様に怒りや悲しみの表情を浮かべ、ブツブツと何やらつぶやいているという。
「そういうのってどうにもなんないの?」 と聞くが、 「親戚が拝み屋みたいなことやってるらしいけど、俺にはよくわからんし、何よりどうにかしてやりたいとは思わん。取り殺されたらいいんだよあんなの」

 後から知ったことだが、八潮の従兄弟が自殺で亡くなっていたらしく、八潮曰く、「この世を憂いて死んでいった人間を、死んでもなお弄んで冒涜する連中が嫌いだし、心底気持ち悪い」ということだった。
 そういう考えが根底にあるから、八潮はブレずに平塚が嫌いだったんだ。
 その後、平塚は1か月程でバイトに来なくなった。
 1週間くらいは皆心配していたが、そのうち新しいバイトが入ってくると、綺麗さっぱり忘れ去られてしまった。
 俺はというと、八潮の能力に気づいてから、しょっちゅう霊がいるかどうか聞いてばかりいるので、呆れられてしまっている。

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