電車の姉弟

 とにかく満員電車が嫌いなので、通勤の際はラッシュが酷くなる時間帯よりかなり早い時間且つ各駅停車の電車に乗っていた。
 少々電車が遅延しても会社に一番乗りで出社できる程早い電車なので、車内はガラガラ。
 ロングシートの端々に、ほぼ同じ面子が同じ位置に毎日座っていた。
 その日、他の乗客同様同じ位置に座った私の対面右端は空席だった。
 この席は、次の駅で乗車してくる額の広いスーツの中年男性が座る席なのだが、駅に着くと男性ではなく、高校生ぐらいの女の子と小学一、二年生ぐらいの男の子が手をつないで乗車し、その席に座った。
 並んで座った二人は恐らく姉弟なのだろう。顔立ちがとてもよく似ていた。
 二人は、路線沿いにある幼稚園から大学まである私学の一貫校の制服を着ており、姉は鞄を胸に抱え、弟を覗き込むようにヒソヒソと会話を交わし、弟はランドセルを背負ったまま、つま先をギリギリ床に届かせて、小さな手を姉の白く丸い膝に乗せて正面を見つめながらウンウンと頷くような素振りをしていた。
 そんな仲の良さそうな姉弟を、読書の合間にチラチラと微笑ましく観察していた。

 次が学校の最寄り駅というところで、姉がキョロキョロと車窓に流れる風景を確認してから、次降りることを促すように弟の頭をポンポンとした。
 その瞬間、姉が消えた。
 弟が独り座っている。特に驚いてもいない。
 ピョンと跳ねて席を立ち、扉の前に移動して、ランドセルの両肩紐をぎゅっと握りしめ、扉が開くのを待っている。
 何だ? どういうことだ? もうこの世にはいない姉が弟を心配して寄り添っているというようなことなのか?
 凛と立つランドセルの背中を見て、切なさに涙があふれてくる。
 停車し、扉が開く。
 車両とホームの隙間を、水たまりを飛び越えるようにして降り、すぐそばにある改札階に上るエスカレーターに歩いて行く。
 お姉ちゃんが見守ってるから頑張ってと心の中で応援しながら、弟がエスカレーターに乗ろうとする様子を見つめた。
 その瞬間、弟が消えた。
 エスカレーターが誰も載せずに登っていく。
 弟が降りた扉から乗り込んできた中年女性が、呆然として涙を流す私のことを困惑した目で見ながら兄弟の座っていた場所に腰を下ろす。
 扉が閉じ、電車が発車した。
 ホームに、階段に、弟の姿を探したが、それを見つけられないまま駅は遠ざかって行き、やがて見えなくなった。
 それ以降も私は毎日同じ電車に乗り続けたが、二度と二人の姿を見ることは無かった。

朗読: モリジの怪奇怪談ラジオ
朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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