ゆう君

 これは、私がわずかな間ですけど、保険会社で働いていた時の話です。

 その日、訪問先の一軒家で、ある女性とのアポイントが取れました。
 入社して初めてのアポが取れたことに、私は期待と緊張でドキドキしながら、女性に促されるまま部屋へとお邪魔しました。
「どうぞ、お掛けになって」
 にこやか微笑む女性。 歳は四十代といったところ。
 上品で、着ているものも全身ブランドものです。
 これは期待出来るかもしれないと、私は早速保険の説明を始めました。
「これ何かいいわね」
「生命保険ですね。でしたらこちらなど、」
  そう口を開きかけた時でした。
──ダダダダダッ
 天井から駆け回るような足音が聴こえたのです。
「もうゆうちゃんったら……すみませんねうちの子がうるさくって」
「あ、いえ、お気になさらず」
 どうやらお子さんがいるようだ。 私は苦笑いで返した。すると、
「あっ」
 女性の背後、居間に通じるドアの隙間から、こちらを覗き見る人影。 子供?
 それは、十歳くらいの男の子の姿でした。
 無表情な顔。
 子供特有のあどけなさなど無く、何処か不気味な印象さえ受けました。
「あら、どうかしました?」
 女性がハッとした私の視線の先を追います。
「あ、いえ、ゆう……ちゃん? でしたっけ? 今そちらで見かけたもので」
「あらやだ、あの子ったら、ごめんなさいね、人見知りなとこあるから」
「ああ……なるほど」
「ふふ、それよりさっきの続き、聞かせてくださる?」
「あ、はい。では奥様と旦那様の生命保険の見積もりとなりますと……」
 私は気を取り直し、その後も必死に説明を続けました。

 帰り際、女性に玄関まで見送られ、私は深深と頭を下げ家を出ました。
 外に出て門を開けます。が、その時です。
「えっ?」
 何かに服の裾を掴まれました。
 振り返ると、そこには先程の男の子の姿が……。
「ゆうすけ……」
「えっ? えっ?」
 突然、男の子は名前を口にしてきました。
「ゆ、ゆうちゃん?」
「ゆうすけ!」
「!?」
 突然大きな声で男の子が言います。
 私は思わずびくりと肩を震わせると、衝動的に掴まれた裾を払おうとしました。
 ですが男の子は必死に掴んできて離そうとしません。
 それどころか、
「ゆうすけ! ゆうすけ! ゆうすけ!」
「なっ!?」
 名前を強く連呼してくる男の子。
 その表情には相変わらず感情はなく、虚ろな目でただひたすら声だけを張り上げてきます。
「や、やめて!」
 異常な事に思えた私は必死に男の子を払い除けると、隙をついて門の外へ出ました。
 急いで門を閉じます。
 すると、男の子は鉄格子の隙間から腕を必死に伸ばし
「ゆうすけゆうすけゆうすけゆうすけゆうすけ」
 まくし立てる男の子。
 私は目の前の現状に耐えられずその場を駆け足で逃げ出してしまいました。
 疲れ果て会社に戻ると、私は上司に呼ばれました。
 もしかしてあの子供が母親にいいつけでもしたのか? 初めての仕事でクレームをらうとは……。
 今日は散々な日だと肩を落として上司の元へ行くと、 「〇〇さんから連絡があった。旦那さんの生命保険だけでも早期に決めたいから明日来れないかだそうだ」
 〇〇さん、それは先程の女性の苗字です。
「〇〇さんが……? そ、そうですか……」
 私はそれを聴いてホットしました。
「なあ……お前がアポとった〇〇さんって〇〇街の……」
 上司は詳しい住所を私に伝えてきます。
 それは、先程私がアポを取った女性の住まいで間違いありません。
「は、はいそうです」
「やっぱりか……あそかはやめといた方がいいかもな……」
「えっ? どういう事ですか?」
「あそこな、十年前に子供が行方不明になってるんだよ」
「子供が……?」
「ああ……誘拐されたって騒がれてた。当時ニュースでも取り上げられててな、結局見つからなくて、親は捜索を諦め、二年前に死亡届けを出している。しかも子供には多額の生命保険が掛けられててな、その保険は、なんとうちが取り引きしてたんだ。保健目当てじゃって、社内でも黒い噂が立ってな……」
「子供……」
 私の頭の中に、先程の異常な男の子が浮かびます。
「でもあれは……〇〇さんにゆうちゃんと呼ばれていた子供で……」
 私が唖然としながらブツブツと独り言のように呟くと、
「ゆうちゃん? ああ、そういえばあの家、ゆうちゃんとかいう大きな犬が一匹居たな」
「い、それ以上犬!? こ、子供じゃ!?」
「お前は何を聞いてたんだ、だからあそこの子供はも行方不明で……」
  上司が何を喋っているのか……私にはそれ以上、上手く聞き取れませんでした。 あまりの事に、頭が混乱していたんです。
 私は思わず、 「いますよ……」
「あん? お前急に何、」
 様子のおかしい私に、上司が訝しげな目を向けてきます。
 ですが私はそんな上司に、お構い無しに言ったんです。
「い、いるんですよ! 行方不明なんかじゃなくて! あ、あの家に! 今でもゆうすけ君が!!」
「お、お前……何で行方不明になった子の名前……知ってるんだ……?」
 以上が、私が保険会社に勤めていた時に、体験したお話です。
 その後ですか? 私にはどうしようもありませんよ……何もできません。
 とりあえずできるとしたら、〇〇さんの旦那さんの無事を、祈る事ぐらい……ですかね?

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