ロリータな死神

 去年の秋、色々うまくいかなくて参ってた時期があった。
 愛犬が死んで、お袋に癌が見つかって、夢も叶えられずにフラフラとフリーターを続けていて……。
 極め付けが、三年付き合った彼女に、他に好きなやつが出来たとかでフラれて、別れ際に「俺君がいつまでも定職につかないから」なんて、浮気女のテンプレみたいな捨て台詞吐かれて。
 なんかもう嫌んなって、自暴自棄になっていたんだと思う。

 ある日、バイトをサボって海を見に行こうと思い立ち、誰にも邪魔されないようにサイレントにしたスマホと、財布だけ持って出かけた。
 最寄りの駅でコーヒーを買って、ホームで電車が来るのを待つ。
 ふと、反対側のホームに目が行った。 閑散としているホーム、俺の真正面に女の子が一人、立ってる。
 明るい茶髪のウェーブかかった長い髪のおさげ。
 襟にフリルのついた淡いピンクのワンピース。
 手にはレースの日傘を持っている。
 姫コーデ?とか言うやつか。
 いや、ロリータファッションに近いのかな? スマホをいじっているのか、顔はよく見えないが、どことなく可愛いんだろうな……という雰囲気を醸し出している。
 その子を見ながら、もう暫くは女の子と付き合うとかはないな……とか、ぼーっと考えていると、電車が来た。
 目的の海までは一度乗り継ぎをするので、席は空いていたが、座ることもせずにドア側にもたれかかるようにして乗車した。
 乗り継ぎの駅で降りて、別の線のホームに向かう。
 こっちのホームは先ほどのホームより混んでいて、がやがやとしていた。
 なるべくなら静かな時間を過ごしたかったんだけど、時間帯もちょうど帰宅ラッシュにかぶってるし、こんなもんか……とひとりごちる。
 コーヒーの空き缶を持ったままだったことを思い出し、ホームにある自販機のゴミ箱まで歩みを進めて、「あれ?」と思った。
 自販機の向こう側、数メートル先に、さっきの女の子が乗降口側を向いて立っている。
 先ほどと違って横向きだが、間違いなく彼女だった。
 さっきの駅でも見たなこの子……。
 ていうか反対側にいたよな?行き先間違えて、急行かなんかで折り返して来たんかな……? そんなことをぼんやり考えていたが、あまり深く考えられるほど頭が働いていなかった。
 ぼーっとしていたのか、「ピンポーン」という電車のドアが開く音にハッとした。
 ドアが開くと同時に、降車する人々がザーッと流れてきて、それを避ける。
 ふと、女の子がいた方向に目を向けるが、この数秒の間に見失ったようだった。
 いつの間に乗車したんだろう。
  ……まあいいか。 電車に乗りこむと、中はそこまで混んでいなかった。
 流石に疲れたので、座席に腰掛けてずっとポケットにしまっていたスマホを見る。
 と、幼馴染の八潮から七件も着信が入っている。
 まさか車内で掛け直すわけにもいかず、LINEを開いた。
 通知を切っていたので気が付かなかったが、八潮からのメッセージが四件未読になっていた。
 「連絡くれ」 「電話出ろよ」 「おーい」 「今どこ」 返信しようと「なんかあった?ごめん、今電車で」まで入力したところで、既読になったのを確認したのか、着信が入る。
 だから、出られないんだって……と少しイラッとしつつも、慌てているようだし、緊急性のあるものだと困ると思い、口元に手を当てて通話の表示を押す。
 もしもし、とこちらが言うよりも早く、 「今どこにいんの?」と、八潮が言う。
 小声で「いや、今電車乗ってんだって……。なんかあった?」と返す。
 「電車……?……次の駅どこ?」
 「えーと……○○駅だけど……」
 「はぁ?遠いな……じゃあ次で降りて引き返してこいよ。俺も今からそっち方面行くから、中間の○○駅で落ち合うぞ」
 「何言ってんだよ……俺行きたいとこあるし……。てか用件は……」 言い終わる前に、電話が切れた。
 なんだこいつ……勝手な奴だな……。
 と、ムカムカしながらスマホをポケットに入れていると、何か嫌な気配がして顔を上げる。
 俺の真正面の席に、またあの子がいた。
 え? と、一瞬思考停止に陥ったが、何か変だ……とすぐに思い直した。
 俺は女の子の隣の車両に乗ったはずだ。
 それに、他にも空いてる席はたくさんあるのに、何故よりによって俺の真正面に座ってるんだ? 彼女は相変わらず自分のスマホを見ているので、俯いている。
  前髪で顔半分が隠れているが、口元が少し笑っているようだ。
 と、そこで何か違和感を感じた。
 俺はポケットにしまったばかりのスマホを取り出し、スマホをいじっているフリをしながら違和感の正体を考えた。
 それに気がつくまで、そう時間はかからなかった。
 そうだ、マスクをしてないんだ。
 こんなご時世に、マスクもつけずに電車に乗るか……? マスクを付けずにいたことでトラブルになった……なんてニュースも良く聞く。
 それなのに。
 周りの乗客も、皆見向きもしない。
 俺は急に背筋が寒くなり、八潮にLINEを送った。

 ここで、幼馴染の八潮について話しておくと、この八潮という男には霊感があるのだそうだ。
 八潮自身は自分の霊感を周囲に隠すほど疎ましく思っていたし、オカルト好きな俺が面白おかしくそういったことに触れていこうとするのも、口には出さずとも嫌がってるのはわかってた。
 だからなんとなく聞くのが躊躇われたが、この恐怖心を沈めるためにも、誰かとやりとりをしていたかったのだ。
 「もしかして、なんか感じる?変な女の子がいて、ちょっと怖い」 とLINEを送るが、おそらく原付か何かで駅まで移動中なのだろう、なかなか既読にならない。
 俺は女の子に目を向けないようにしたまま、次の駅で降りる為にドア側まで移動して立って待つことにした。
 女の子に背を向けて立つ。
 が、なんとなく視線のようなものをずっと背中に感じている。
 気のせいだ、と言い聞かせるも、落ち着かない。
 八潮とのトークルームを開きっぱなしにして既読がつくのを待つ。
 スマホを凝視して他に目を向けないようにするが、あることに気づいてしまった。
 下を向いている視界の端に、レースの傘、ヒラヒラのスカート、薄ピンクのエナメル質のヒールが見える。
 いつの間にか、「彼女」は俺の斜め後ろに立っていた。
 冷や汗が噴き出すのを感じ、スマホを握る手に力が入る。
 その時、八潮からの返信がついた。
 「わかってる。とりあえず、目を合わせるな。今○○駅(家の最寄り)出たから、あと20分くらいで〇〇(中間駅)に着く。無理かも知れんけど、とにかくひたすら楽しいこと考えとけ」 20分…長いな、とか、楽しいことを考えろと言われても……とか思っていると、背後から冷たい空気がすぅーっと首筋に流れ、同時に「……お友だち?」と、ややうわずった女の声がした。
 俺は人目も憚らず、「うわぁー!!」と叫んで耳を塞いだ。
 暫くその状態のまま身動き取れずにいると、目の前のドアが開き、駅に着いた。
 俺は弾かれたように電車から飛び出し、反対側のホームまでダッシュした。
 反対側のホームに着くと、今まさに電車が入ってきたところだった。
 ドアが空くのを待ち、耳を塞いだまま駆け込と、すぐに降りられるようにドア側に寄りかかってちぢこまる。
 なんでこんな時に限ってAirPodsを持ってきてないんだ……と、海で黄昏ようとしていた自分に若干腹が立った。
 いや、イヤホンで音楽聴いてたとして、それにノイズが入って女の声が……とか、そっちの方が怖かったりして……。
 と、その辺まで考えて、少しだけ落ち着きを取り戻していたことに気づく。
 なるべく目線を上げないように周りを見渡すが、とりあえず今は「彼女」の姿は見えない。
 ほっとして、握りしめたままだったスマホに目を落とすと、八潮からLINEが届いていた。
 そこには、小中高〜現在までのお互いのやらかし話が綴られている。
 緊張を解そうとしてくれてるようで、とてもありがたかった。
 そんなことあったな……と思い出し、ふふっと笑いが漏れる。
 怖いのは変わらなかったが、俺自身もなるべく思い出さないように……と、防衛本能が働いたのかも知れない。
 電車が若干混んでいたこともあり、何駅か過ぎる頃には怖さも大分薄れていた。
 LINEの通知音がして、八潮から中間駅に着いたことを知らされる。
 俺は中間駅まであとどれくらいかを知ろうと、ドアの上の電光掲示板を見上げようとした。
 ……これが迂闊だった。
 目の前のドア、ガラス越しに、反射した「彼女」の姿があった。
 周りに人がいるにも関わらず、彼女の姿はすぐに確認できた。
 うわ、ヤバい……と思ったその時、 ターンッタンタララランタンッタンタンタンタンタンッ♪ と、あのiPhoneお決まりの着信音(オープニング)が車両に響いた。
 冷ややかな視線の中、数人が胸ポケットやカバンを漁りはじめ、我に帰った俺は、息を止めていたようでハーッ、ハーッと、呼吸が乱れた。
 すぐ近くの椅子に座っていたおっちゃんが声を顰めてスマホで通話しはじめて、みんなの視線は冷たかったが、俺は一人心の中でおっちゃんにグッドサインを送った。
 もう二度と顔を上げまいと決めて、八潮がいる駅で降り、電車を降りてすぐにLINE通話で八潮にかける。
 「おう、平気?」と、明るい声が聞こえ、俺は心底安堵した。

 近くのカフェにいるというので、下を見たまま移動し、カフェの二階へ上がると、上下スウェット姿の八潮がいた。
 急いで家を出てきてくれたのか……とも思ったが、八潮という人間は割と普段からスウェット姿だった。
 俺が席に着くと、八潮は挨拶もそこそこに窓から外を見て、「あ〜…あれか」と呟く。
 「ロリータっぽい子でしょ?」と、何も伝えていないにも関わらず、霊の容姿を見事に的中させた。
 俺が驚いているのを尻目に、「あれなら、わざわざ払わなくてもすぐ離れてくよ」と、笑いながらコーヒーを啜った。
 「なんでわかんの?」と訝しむ俺に、「なんとなく?」と、実に頼りな気な返事が返ってくる。
 詳しく聞くと、おそらくあの子は駅周辺から出られないであろうこと、気が滅入ってる若い男に取り憑いて自殺させようとする奴だということ、陰気で移り気な性格っぽいから、俺が明るい気持ちでいればすぐに飽きて他の男を探すだろう、ということ……などを説明し、念のため、しばらくは電車を使わないように。とだけ言われた。
 そして、なぜ俺がヤバかったことに気がついたのか?というと、家で昼寝をしていたら、夢の中で俺が海辺の木を使って首を吊る様子が見えたのだと言われた。 (海辺と言われてゾッとしたのは言うまでもない)
 「夢でこういうの見るの初めてだったんだけど、なんかめちゃくちゃ胸騒ぎがして連絡した」
 「お前が自分で、あの女ヤバいかも……って気が付かなかったら、もしかしたら連れて行かれてたかもね。まだ正気を保ててたから助かったんじゃないかな……知らんけど」 との事。
 八潮の親戚が拝み屋をやっていると聞いたことがあったので、ビビリな俺は「念のためお願いした方がいいかな?」と聞いてみたが、親戚は関西にいるし、何よりがめつい奴だからやめとけと笑われた。

 帰りにコンビニでアドバイス料と称してAma●onの3000円分ギフトカードを買わせる八潮も、しっかり親戚と同じ血が流れてるわけだけど。
 まあ、八潮からの連絡がなければ、俺は今頃この世に居なかったのかもなぁ……と思えば、3000円なら安いもんなのかもしれない。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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