トンネルの怪人

 これは、作者コオリノが体験したお話です。

 当時私は小学校六年生で、その日は蒸し暑い夜だったため、中々寝付けませんでした。
両親はその日親戚の家で祝い事に参加しており、家には私だけ。
 ベッドでモゾモゾしながら結局寝付けないため、私は諦めて、テレビで深夜映画をぼうっと一人眺めていました。
 すると、 ──プルルルル 家の電話が鳴りました。
 両親かな? と思いながら電話に出ると、受話器からは威勢のいい男の子の声が聞こえてきました。
 『おいコオリノ!すげえもん見たんだよ、お前にも見せてやるから来いよ!』 それは、当時クラスでも人気者のN君という男の子でした。
 やんちゃな子で、すぐちょっかいを掛けてくる、昔で言うガキ大将というやつでしょうか。
 正直私はこの子が苦手でした。
 けれどこの子のお姉さんと仲が良かった私は、あまり邪険にもできず、言われるまま一緒に遊びに行くが多々ありました。
 しかし……。
 時計をふと見ると、時刻は午前一時過ぎ。
 流石にこの時間に家に電話を掛けてくるとかどれだけ非常識なんだと、小学生の私でさえ理解できます。
 「何時だと思ってるの……?」 『いやいやいやまじで凄いんだって、戸畑駅があるだろ?その手前にトンネルがあるんだけどさ、そこに変な横穴があって……』 ──ツーツー 通話が突然途絶えました。
 戸畑駅手前のトンネル。
 確かに、枝光駅から戸畑駅に向かう途中に、トンネルがあります。
 まさかとは思いましたが、私はN君のお姉さんに連絡を取る事にしました。
 事が事なので、この時間に電話するのも仕方がないと自分に言い聞かせて。
 ですが無情にも電話は留守番電話に切り替わってしまい、私はN君の事をそのまま受話器に向かって言い残すと、家を出て自転車でトンネルへと向かいました。

 表の本線から裏通りに入ると、線路沿いの狭い道に出ます。
 その通りを真っ直ぐ進んで行くと、件のトンネルが見えてきました。
 近くの電信柱には自転車が数台止めてあり、その中にN君の自転車もありました。
 よく見ると、トンネル近くの金網にクラスの男子がいました。
 D君とK君です。
 二人ともいつもN君と一緒にいる子達で、恐らくここに無理やり連れてこられたのでしょう。
 私は自転車を降り、二人に説明を求めました。
 二人は落ち着かない様子で、何処かビクビクしながら、私に全てを話してくれました。
 「Nがさ、線路に入ってみようって、ここのフェンス穴が空いてるから、ここから入れるから行ってみようって……でも俺ら怖くて行かなかったんだよ、そしたらNが一人で行っちまって……」 D君はそこまで言って俯いてしまいました。
  すると今度はK君が代わりに口を開きます。
 「あいつ暫くして戻ってきてさ、穴の中に誰かいるって言うんだ、すげえの見たから他の奴にも見せたいから、ちょっと電話して来るって言い出して……」 どうやらその生贄に私が選ばれたらしいです。
 K君が話を続けます。 「そんで戻ってきたらNがまたトンネルに向かったんだよ……でもあいつそれから戻って来なくなって……」 そこまで話して、K君もD君同様に俯いてしまいました。
 何でこんな時になると男子って黙り込んでしまうんだろう……。
 巻き込まれたイライラと、二人の態度に腹を立てた私は、自分がNを連れ戻してくるから、Nの家に電話してと、苛立つように言いました。
 もし何度電話してもダメだったら、怒られるのを覚悟で先生に電話してとも伝えました。
 もちろん私も怖かったのですが、それよりも一大事になるかもしれないという不安の方が勝り、穴の空いたフェンスを潜り抜け、トンネルの中へと向かいました。
 この時点で今なら大事件ですよね。
 しかし当時の私は本当に浅はかで、短絡的な考え方しかできなかったようです。
 それにもし警察や駅員さんに言えば、それこそ怒られるだけじゃ済まされないと思ったのでしょう。
 無事連れ戻して家に帰れば、事は丸く収まるた思い、私はトンネルの中へと足を踏み入れました。

 辺りは真っ暗で、トンネルと出口しか明かりはありません。
 どうしよう……N君は何処にいるんだろう、そう思っていた矢先でした。
 突如暗闇から、眩しい光が私に向かって突きつけられたのです。
 余りの眩しさに一瞬顔をしかめましたが、それが直ぐに懐中電灯であり、しかも目の前にいるのがN君だと分かりました。
 「コオリノかよ!よく来たな!こっちだこっち!」
 「バカじゃないの!」 目の前ではしゃぐN君に腹が立ち、私は思わず怒鳴りつけていました。
 「な、何だよ急に、」
 「急にじゃないよ!こんな事してバレたらどうするの!大変な事になるんだよ!?」
 「わ、分かったよ!分かったから怒鳴るなって、も、もう帰るから……で、でもさ、ちょっとこれだけは聞いて欲しいんだけど……」 怒鳴った事で少し落ち着いた私は、少しだけならとN君の話を聞く事にしました。
 「何……?」
 「そこ、横穴があるだろ?そこにさ、人が居たんだよ!」
 「人?いるわけないでしょそんなの、見間違いでしょ」 私が言うと、
 「本当だって!怖かったけど二回も確認したんだ、頼むからお前も確認してくれよ!」
 「嫌だよそんなの!」
 「頼むって!そしたら直ぐに帰るからさ」 N君が必死に頼み込んできます。
 正直ここから早く立ち去りたい私は、何とかN君を連れ戻そうと頭の中はそれだけで一杯でした。
 「もう分かったから早くして!」 怒鳴りながら言うと、N君は調子を取り戻したのか、懐中電灯を照らし、トンネルの壁を照らし始めました。
 壁には等間隔に均一の横穴が空いており、小学生くらいなら、二人ぐらいしゃがんで入れそうでした。
 なんのための穴なのかは分かりません。
 その穴の一つをN君は照らし、嬉々としながら、 「この穴だ、来いよ!」 そう言って穴の中に入って行きました。
 私もそれに続き、穴の中で四つん這いになり着いて行きました。
 すると突然、何故かN君の持っていた懐中電灯が消えてしまいました。
 辺りは真っ暗です。
 「どうしたの?」 背後から尋ねると、N君は少し進んだ先で、懐中電灯をカチャカチャとしながら 「あれ?おっかしいなあ」 と、ぶつくさと文句を垂れています。
 「何も見えないしもう帰、」 そう私が言いかけた時でした。
  ──カチッ 懐中電灯が着き、穴の中が照らされたのです。
 しかしほっとしたのも束の間、私は一瞬息が止まりそうになりました。
 心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、頭の中は一瞬で混乱していました。
 穴の中の壁には、見たことも無い文字が、青いペンキのようなもので沢山殴り書きされており、しかもその奥の壁には……人の……顔。
 「きゃあああっ!!」 私の叫び声に驚いて、N君がその場で尻餅を着きました。
 けれどN君は振り返り、 「お、落ち着けって、よく見ろよ」
 「え……え?」 懐中電灯に照らされた奥をもう一度よく見ました。
 それは人の顔……いえ、人の顔の絵でした。
 奥の壁には、青いペンキで書かれた、男の顔の絵があったのです。
 「何よこれえ……」 一気に肩の力が抜け、へなへなとうずくまる私、ですが急にN君が、 「あれ……なんかある……」 独り言のようにそう言ったのです。
 気になって私もN君が照らす先を、背後から覗き見ました。
 それを見て、私とN君は同時に固まってしまいました。
 声すら出せないくらいに。
 それは……イタチの様な動物の死体でした。
 しかも二匹、腹が避けており、ドス黒い血が見て取れます。
 押し黙っていたN君が口を開き言いました。
 「こ、こんなのさっきは無かった……な、何で!?」
 「も、もう帰ろう!早く!」 嫌な予感がして仕方なかった私は、N君の袖を掴み引っ張りました。
 流石に怖くなったのか、N君もそれに素直に従い、私とN君は急いで出口に向かいました。
 が、その瞬間、 「バリバリ……グチャグチャ……」 歪な音が背後から聞こえできたのです。
 「えっ……?」 N君が小さな声を漏らし振り向こうとしていました。
 私は、 「だめっ!」 思わずそう叫びました。
 しかし、N君は振り返りつつ懐中電灯を穴の奥に向けてしまったのです。
 そこには……壁に描かれた青い顔をした男の絵が……。
 ですが、その口元はさっきと違って、真っ赤な血のような跡が着いていたのです。
 さっきまではそんなもの無かったはず。
 「うわああああっ!!」 N君が半狂乱になって叫びました。
 私を押し退け、穴から出ようとします。
 私も必死にN君の跡に続き、穴の外へと向かいました。

 気が付くと、私とN君はD君達の元へと辿り着いていました。
 そこにはD君とK君以外にも、N君のご両親もいました。
 その後は本当に大変でした。
 私の事はD君とK君が話してくれたおかげで、怒られずに済みましたが、N君はかなり絞られたようです。
  事が事なので学校にも話すとご両親は言っていたので、私も覚悟を決めていましたが、学校側から私が呼び出されることはありませんでした。
 ひょっとしたらご両親は学校側に……そうも思いましたが、真相は分かりません。
 ただ、あの顔の絵の事も、さっぱり分かりません。
 今更確かめる事もできませんし、そもそも犯罪ですからそんな事も絶対にしちゃいけない事です。
 しかし一つだけ、一つだけ私の口から言えることがあります。
 あの時、穴の中から抜け出す際、私見てしまったんです。
 穴の中にあったあの青い顔の絵が、不自然に歪み、まるで笑っている様なさまを……。
 今でもあのトンネルはあるのでしょうか? あの……青い怪人が住む横穴も、まだ……。

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