自殺の名所?

 地元のローカル雑誌の記者をやっているSさんは、夏の特集に、地元にある曰く付きの場所を紹介するというホラー企画を組んだ。
 幽霊の目撃場所や自殺の名所などを実際に取材し記事にするといった内容だ。

 その日、Sさんはある街中にある一件のアパートを尋ねた。
「どうも、電話で話したSです、あ、これ名刺です」
 Sさんはアパートの前で待っていた四十代程の男性と握手しながら名刺を手渡した。
「どうも……それで私は何をすれば?」
「いえいえ、Mさんは何も、取材許可さえ頂ければそれで、因みにアパートには誰も住んでいないんですよね?」
「ええ……酷い噂のせいで六部屋丸っと空き部屋ですよ……長年賃貸業やってますけど、こんなの初めてです……来月にもここは手放すつもりです。赤字経営まっしぐらですから……あ、それと取材料、」
「ああ分かってます、今週中に振り込む手筈になっておりますので」
 Sさんがそう言うと、Mさんはほっとしたのか、眉間に寄せた皺が少しなだらかになり、Sさんに軽く頭を下げその場を後にした。
 Sさんはそんな彼を見送ると、Mさんが所有するアパートを見上げた。
 築十二年、鉄筋造り三階建てのアパートだ。 外観も特に普通で何処にでもありそうな建物。
 ボロいといった印象もなく、どちらかと言うとしっかり整備されている感じだ。 が、地元の情報によると、ここは市内きっての自殺の名所として噂されている。
 実際にここでは数多くの飛び降り自殺があり、死者も出ている。
 しかし、それはほんの一部で、その多くは骨折など重症者が多い。 つまり死にきれていない人の方が多いのだ。
 それもその筈だと、Sさんはアパートを見て一人納得していた。
  三階建て、つまり高さが中途半端なのだ。
 確かに打ち所が悪ければ死に至るだろうが、確実に死にたい者がここを選ぶというのは、どうもにわかには信じ難い。
 Sさんは首を捻りながらもとりあえず外観の写真等を撮り始めた。
 ある程度の撮影を終え、通りすがる人に聞き込みなどを開始すると、以下の事が分かった。

 まず、ここには肝試しにやってくる近所のDQN等も出没している事。
 そして実際に警察がこの辺りをよくパトロールしていいて、自殺防止の立て看板などが近くにあったりなど、どれも噂の信ぴょう性を証明するものであった。 だがどうも考えれば考えるほど謎が残る。
 このままでは埒が明かない、そう思ったSさんは今夜は帰宅するのを諦め、アパート真向かいにあるコインパーキングに車を停め、朝まで取材を慣行する事にした。
 通り過ぎる人達が、アパートを指さし、何やらヒソヒソ話をしながら去って行く。 やはり噂は相当なもののようだ。
 二時間事に警察車両がアパートの前をゆっくりと通り過ぎてゆく。
 Sさんはコンビニ弁当で夕飯を済ませ、煙草で一服、時計に目をやると時刻は深夜一時。
 特にこれといった変わった様子もなく、時間だけが過ぎてゆく。
「こりゃボウズかもなあ……」
 Sさんが煙草を空き缶に揉み消しながらボヤいていた時だ。 アパートのフロアに明かりが着いた。
 誰かが一階のスイッチを押したのだろう。 よく見ると女性の様な人影がある。
 関係者? もしかしたらMさんの奥さんかもしれない。
 一応挨拶でもして何か知っている事がないか聞いてみるかと思い立ち、Sさんは急いで車を降りアパートに駆け寄った。 が、一階にたどり着き辺りを見渡すが誰もいない。
 怪訝そうな顔をしSさんは上を見上げた。
「上かな?」 Sさんはそう言って階段を登ることにした。
 二階、三階……誰もいない。
 試しに両隣の部屋のドアノブを捻ってみたがもちろん鍵が掛かっている。
 諦めて二階に降りて同じように試してみるがやはりドアは開かない。
 確かに誰かが明かりをつけたのは間違いないはずだ。女性の影を確かに見た。
 誰かの悪戯だろうか? 頭を捻りながら一階へとSさんは降りた、その時だった。
 一階の踊り場にボーダーの入ったセーターを着た、女性が立っていた。
 セーターは所々がほつれ穴が空いている。 髪は白髪混じりで整えられているとは言い難い。 前髪も垂れており目元が確認できない。 顔下はやけにやつれており頬骨が浮き出ていて、紫っぽい斑点が肌に浮かんでいる。
 極めつけは……。 蛆だ。
 白い蛆虫が数匹、女性の肩や腹部を這い回っている。
 女性の姿は明らかに異様だった。 何だこいつ……。
 Sさんは顔をしかめながら女性の横を通り過ぎようとした。 その瞬間。
  ──バッ
 女性は両手を広げ通せんぼでもするかのような格好をしてきた。
 そして口を開け、薄汚れた歯をガチガチと噛み合わせ大きな音を立て威嚇してくる。
 余りに異様な光景、Sさんが呆然しながら女性と対峙している、すると。
 ──ズルり
「へっ……?」
  ──ベチャッ
 肉の塊が地面に落ちた。 どす黒い血溜りが徐々に広がっていく。
 それは……手だった。
 女性が広げた両手のうち右腕の手首が、ズルりともげ落ちたのだ。
 まるで腐った腐肉が崩れ落ちたかのように。
 気が付くと、Sさんは自分でも驚く程の悲鳴をあげてその場を反転し逃げ出していた。
  二階、三階へと逃げ、踊り場で足を止め階下に目をやる。
 フラフラと、あの女が階段を登りつつあった。 口元が叫んばかりに開かれ気持ちの悪い笑みを浮かべている。
 Sさんはパニックになりながら辺りを見渡した。もうダメだ、どうしたら……。
 そこまで考え、Sさんは涙と鼻水でクシャクシャになった顔で薄ら笑いを浮かべた。
「はは……だ、だからか、だから皆……ここから飛び降りるしか無かったのか……」
 そう呟くように言うと、Sさんは無我夢中で三階から飛び降りた。
 ──ズドン
 という鈍い音が、住宅街の夜空に響き渡った。

 次の日、Sさんは病院の一室で目を覚ました。
 全身数箇所の骨折に内蔵を損傷、緊急手術のうえ一命を取り留めた。
 結局、企画は重大事故の末お蔵入りとなり、Sさんが病院に入院している間に、あのアパートは取り壊されてしまったという。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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