あんたはどう思う?

 Dさんはその日、買ったばかりの新車に乗り込み、週末の深夜ドライブへと向かった。
 近くの林道を走り、二時間ほどのドライブを楽しむつもりだった。 が、そんなDさんのささやかな思いは、前方に広がる信じられない光景に打ち砕かれた。
 事故車だ。 フロント部分は大きく大破しドアもぐしゃぐしゃ。 路面には大きくスピンしたかのようなタイヤの跡が残っており、事故の壮絶さを物語っている。
 車両は一台のみ、どうやら単独事故のようだ。
「マジかよ……運転手は……?」
 Dさんは車を路肩に寄せ降りると、運転手の安否を確かめるため事故車の運転席に駆け寄った。 が、居ない。
 居るはずの運転席はもぬけの殻だった。
 「えっ?運転手は……?」
 まさか放り出されたのか? 不安になりDさんは慌てて辺りを見渡す。
 見当たらない。 車から懐中電灯を取り出しくまなく探すがやはり誰もいない。
 まさか車を置いて逃げたのか? 有り得ない話ではなかった。
 例えばこれが盗難車であったり、運転手が酒気帯び運転だったとか。 変なのに巻き込まれてしまった。
 そう思いため息を着くと、Dさんは通報しようとスマホを上着から取り出した。 その時だ。
「うわあこりゃ酷いな……」
「えっ?」
 突然聞こえた声にDさんが振り向くと、スーツ姿の男が一人、事故車の中を覗き込んでいた。
 誰だ? Dさんが訝しげな顔をしながら男に近付く。
 すると男はDさんに向き直り口を開いた。
「あんたが第一発見者? これ酷いね、見事にぺしゃんこじゃん」
 男は他人事の様に軽口でそう言った。
「あ、はい、今警察を呼ぼうと、」
「なあ、あんたこれどう思う?」
 Dさんが言いかけた時だった、男がDさんに質問を投げ掛けてきた。
 どう思うとは何の事を言っているのだろう? 一瞬考え込むDさんだったが、運転手が居ない事を言っているんだなと思ったDさんは、先程頭の中で整理した事を男に話してみた。
 しかし男は首を横に振って見せる。
「違う違う、これ事故かな? それとも自殺?」
「じ、自殺?」
 男の突拍子もない言葉にDさんは驚き男に聞き返す。
「いやだからさ、あんたから見てどう思うよ?」
 男は相変わらず世間話でもするかのようにDさんに聞いてくる。
「あ、いや、じ、事故じゃないですか? ハンドル操作誤って単独事故起こしたんじゃないかと……と、ともかく通報しますね」
 何だこの人と不審に思いつつ、Dさんは警察に通報を開始した。
 通話を繋げた状態で現状を詳しく伝えるDさん。
 しばらくすると、何台かの警察車両のサイレン音が響いてきた。 通話口の警察官にこちらに着くみたいですと言うと、相手は後のことは現場に引き継ぎますと言われ通話を切られた。
 やがて警報灯の明かりが見えてきた時だった。
「じゃ、後のことよろしくな、事故って事で」
 声に振り向くと、あのスーツの男がそう言いながら事故車に乗り込み始めた。
「えっ、ちょ、ちょっと何やってるんですか怒られますよ!?」
 そう言いかけた時。
「貴方が通報してくれたDさん?」
 懐中電灯で背後を照らされながら声を掛けられ、Dさんは振り返った。
 数台の警察車両と救急車、警察官数名が懐中電灯を手にDさんの目の前に立っている。
「は、はいそうです! いや、実は今変な人が現れて勝手に、」
 Dさんがそこまで言いかけた時だ。
「ん!? 運転手が見当たらないって言ってたけど乗ってるじゃないか! 通報では誰も乗っていないと聞いたけど?」
「えっ!? いや、載ってなかったですよ! だって今乗ったのはスーツ姿の変な男で……!?」
 言いながら中を確認するDさんの両目が、まるで信じられないものを見たかの様に大きく見開かれている。
 肩をわなわなと震わせながら、両膝を地面につけ、そのままへなへなと座り込んでしまった。
 運転席には、先程変な質問をしてきたあのスーツ姿の男が載っていた。
 顔が無惨にも潰れ、かろうじて空いた口から大量の血が滴り落ちている。
 なぜ? なぜあの男が?
 愕然とするDさんを他所に、救急隊員が一斉に集まり、運転手の安否を確認し出す。
「意識、脈等も確認できません……」
 誰がどう見ても即死だと分かる状態だった。
 男性が担架に乗せられ運ばれていく。
 警察に名を呼ばれるが、Dさんは頭が混乱して返事すらできる状態ではなかった。
 後日、詳しい取り調べを受けたDさんは家に返された。
 まるで悪夢でも見たかの様な気分で、しばらくは会社を休み車にも乗らなかった。

 ある日、Dさんはあの事故のニュースをテレビで目撃した。
 すると、司会者の一人がこんな事をテレビで報じていた。
『事故で亡くなった男性は借金で首が回らず苦しんでいたそうですね、奥さんも、恐らく運転中にその事で悩んでいてハンドル操作を誤ったのかもしれないと言われていました……では、次のニュースです』
 そこまで聞いてDさんはテレビの電源を落とした。
 不意に、あの夜男が言った言葉がDさんの頭の中を過ぎる。
『なああんた、これどう思う? 事故かな? 自殺かな?』
『じゃあ後の事よろしくな、事故って事で……』
 あれは……。 嫌な想像が浮かび上がってくる。
「保険……金……」
 Dさんはボソリと言って、再びあの夜の事を思い返し、部屋で一人、震えながら恐怖した。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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