四つ葉のクローバー

 初めてあいつに出会ったのは、私がまだ幼稚園に通っていた頃の事です。

 バスに乗って遠足へ行き、農家の畑で芋掘りをしたり、 市民公園でピクニックのようにしてお昼を食べたりして楽しんでおりました。
 公園は一面の原っぱで、シロツメクサ、いわゆるクローバーがたくさん生えているところでした。
 シロツメクサはその昔、荷物を送る時に商品に傷がつかないようにするための 緩衝材として使われたところから「詰草」と呼ばれた植物です。
 だからシロツメクサ、クローバーの原っぱはとても柔らかく、つい気持ち良くなってしまって、 私は裸足でそこらを駆け回っていたのです。
 ある子が「四つ葉のクローバーを探そう」と言い出したので、 みんなで探し始めました。
 しばらく探して見つけた子もいれば、あきらめて別の遊びをする子もいました。
 私も半ばあきらめて、みんなの所に戻ろうと駆け出した時、 ブチっという鈍い音とともに、何かを踏んだ違和感を感じました。 私は足元を見て驚きました。
 そこには割れたガラスの牛乳瓶があり、私はそれを思い切り裸足で踏んでしまっていたのです。
 赤い血がドクドクと流れ出していました。
「痛い……」
 足に心臓があるのではないかと思うような痛みが ズン、ズンと鼓動と共に上に上がってくる感じがします。
 血の流れる傷口と、割れたガラスの牛乳瓶を見ていると、 ふと、牛乳瓶の横に血まみれになった四つ葉のクローバーを見つけてしまいました。
「あっ」と思い、私は思わずその四つ葉のクローバーを引き抜きました。
 その瞬間、クローバーが「ぎゃぁぁぁぁ」と叫んだように聞こえたのです。
 私はその時不思議に思いましたが、なにかの聞き間違いだろうと思い、 とにかく早く先生のところに行かなきゃと、片足をひきずって歩きました。
 先生は他の幼稚園生のみんなと輪になってまだランチを食べていたのですが、 血まみれの足を引きずっている私にみんな気が付き、 一気に阿鼻叫喚の騒ぎとなってしまいました。
 やがて救急車が呼ばれ、私は病院へ担ぎ込まれることになりました。
 救急車の中はまるで木の板が1枚だけ敷いてあるかのような固い床で 道路のデコボコが全身で感じられるほどひどい乗り心地でした。
 私は救急車に揺られながら、手の平にしまい込んでいた四つ葉のクローバーを見てみました。
 血まみれで、握りつぶされたクローバーは私に挨拶をしてきました。
「やぁお嬢ちゃん、痛かったかい? でも何もボクまで捕まえなくてもいいじゃないか」
 そんな風にちょっと文句を言ってきました。 私はそれをだまって聞いていました。
「よくしゃべる草だなぁ」と思いながら。
 クローバーはまだしゃべり続けます。
「お嬢ちゃんのおかげで久しぶりに人の血を吸えたよ。ありがとう。 お礼にひとつ、お嬢ちゃんの望みをかなえてあげるよ。 もし、お嬢ちゃんがこれから生きていく中で、コイツを殺したい! なんていう憎いやつが出てきたら、ボクのことを思い出して念じるんだ。 そうしたらボクが代わりにそいつを殺してあげるからね」
「そうそう、殺せるのは1回だけだからね、この権利は大事に使うんだよ」
「え~……」
 私に特に殺したい人がいるはずもなく、なんだかがっかりしながら そのクローバーの話を聞いていましたが、やがて私は貧血からなのか、 救急車の中で眠ってしまいました。
 私は病院のベッドの上で麻酔もせずに先生に傷口を縫われ、 結局入院することもなく迎えに来た家族と一緒に家に帰りました。
 クローバーはいつの間にか手から消えていました。

 あのクローバーの変な声はきっと夢だったんだろう、 と、その時は思っていたのですが、それからというもの、 私には植物たちの声が聞こえるようになったのです。
 庭の花や雑草たちの声、それに野菜。 クローバーみたいにたくさんしゃべるやつはそんなにいないけれど、 野菜たちを生で食べる時はみんなキャーキャーと悲鳴をあげるのです。
 私はそれがおもしろくて、生野菜のサラダをたくさん食べるようになって 大人たちから褒められることが多くなりました。
 周りの子たちは野菜嫌いが多いみたい。みんなには野菜の声が聞こえないからだろうな。 そんな風に思っていました。
 さて、そんな私ですが今はキリスト教系のミッションスクールに通う女子高生です。
「誰か一人を殺せる権利」という悪魔のカードを持ったまま、 神に祈りをささげる学校に通っているなんて、罪が深すぎるでしょうか。
 願わくば、一生この権利を行使せずに過ごせればいいな、と思っています。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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