黒焦げ

 僕が高校まで過ごした実家は、周りを山や田んぼに囲まれた所謂「山間集落」にある。
 それでも同世代の人間はそこそこいて、その集落の中にも小規模ではあるが、小学校、中学校もあった。

 中学3年のある日、友人である原と2人で下校していた。
 季節は夏。 田んぼの青々とした稲穂が茜色に染まり、森でひぐらしがカナカナと鳴いている。
 学校が終わったあと近くの商店で駄弁っていて、こんな時間になってしまった。
 いつものように、綺麗にトラックの轍が出来上がっている畦道を、話をしながら歩く。
 中学最後の夏休みは東京に遊びに行こうと計画していたから、その話で盛り上がっていた。
 原宿でおしゃれを学んで高校デビューしてやるぜ! と言って原のツッコミを待ったが、ツッコミどころか相槌さえ返ってこない。
 横に並んで歩いていたはずの原の姿がなく、来た道を振り返ると、数歩前で原は立ち止まり、薄目にして遠くを見ているようだった。
「どうした?」と聞くと、「あれなんだろう」と、先に見える田んぼを指さした。
「んー?」と指差す方向を見ると、二つ先の田んぼのど真ん中に、焦茶色の何かが稲穂の隙間から見える。
「わからん」
「案山子かな?」
「にしてはちっこいし色が変じゃね?」
 僕たちは話ながらその焦茶の何かに近づいていった。
 あと数メートルのところで、その何かの正体がわかりギョッとした。
 黒焦げたマネキンの頭部だった。
「キモっ」
 顔を見合わせて、「本物だったりしないよな……?」とさらに近づいて見る。
 間違いなく、マネキンだった。
 マネキンの頭部だけが、乱暴に竹で串刺しにされて田んぼに刺してあるのだ。 「案山子のつもりかな……?」
「さあ……?」
 今までいろんな案山子を見てきたが、こんなにも不気味なものは初めて見た。
 その田んぼは、原家の隣家(といっても田舎なので、家と家の間はかなり離れている)である近藤家のものだ。
「近藤のじーさん、とうとうボケちまったんかな?」と笑う原だったが、マネキンの不気味さも相まって、僕はなんだか笑えなかった。
 その日はそのままお互いに家路についた。

 翌日、またあの道を通るが、僕たちは自然とあのマネキンを探していた。
「あっ……」
 僕も原も、ほぼ同時に気が付く。 マネキン頭が一つ増えている。
「どういうこと?」と半笑いになりながらも、得体の知れない気持ち悪さに、二人とも固まってしまった。
「一日おきに増えるとか……ないよな……?」
 僕のその言葉に、原は「お前、そういうのやめろよ!」と笑ってはいたが、半分は本気で怒っているようだった。
 翌日は学校が休みだったので、僕たちはあの道を通らずに済んだ。
 僕は月曜からの通学路どうしようかな……などと考えながら、漫画を読んでいた。

 正午頃、家のチャイムが鳴る。
 母が応対している様子で、しばらくの間があり「英太〜(僕の名前)! 原くん来てるよ!」と母の呼ぶ声が聞こえた。
  一階に降り、玄関で待つ原に「どうした?」と聞くと、原はニヤニヤしながら「なあ、あのマネキン、増えてるか確認しに行かん?」と言う。
 なんとなく、ここで断っては舐められるんじゃないか……と、変な意地が出てきてしまい、「いいよ。行こう」と答えてしまった。
 僕の家から近藤家の田んぼまでは、歩いて十分ほどだ。
 田んぼがそろそろ見えるぞ……というところで、「うわ……」と同時に声が出た。
 マネキン頭は四つに増えていた。
 三つ飛ばして四つ?? と考えていると、原が「ちょっと近くで見てみようや」とワクワクしたような顔で言ってきた。
 正直、気持ち悪いなぁと思いながらも了承し、じりじりと近寄る。
 目の前にマネキンがきて黒焦げた顔が見える位置に来ると、ケータイを取り出す原。
「え? 写真撮んの?」と驚く僕を他所に、「ネタになるだろ〜」と言いながらパシャリと撮る。
 そのままパシャパシャと連続で撮った後、二人で画像を確認して固まった。
 確かに黒焦げて、輪郭以外わからなくなっているマネキン全てに、目玉が付いている。
 四つとも揃ってカメラを凝視しているのだ。
「消せ! 消せ!!」と僕が叫び、原は慌てて写真を削除しようとした。
 だが慌てすぎてケータイを落としてしまう。
 原がそれを拾い上げるとき、一瞬動きを止め、「うわぁぁあ!!!」と叫び声を上げたかと思うと、「逃げろ!!」と服を引っ張られ、僕たちは一目散に走ってその場から離れた。

 原の家まで全速力で走り、玄関に飛び込んだ。
 奥の部屋から原のお婆さんが顔を覗かせて、「帰ったんか?」と声をかけてくる。
 原は息を整えて「ただいま……。英太来てるから、部屋行くね」と言うと、僕に上がるように促した。
 原の部屋に入ると、僕はすぐに「なんだよ、どうしたんだよ」と聞く。
 すると原は、「お前、見てないの?」と怪訝な顔をして続けた。
「ケータイ拾い上げたとき、あのマネキン頭の一つがなんか喋ってたんだよ。目ん玉はなくなってて、その時は口があった……」
「マジかよ……」
「それにさ……」
 原は続ける。
「前歯二本が銀歯でさ……。あれ、近藤のじーさんだよ……」
 訳がわからなかった。
 二人で意味がわからないと困惑した結果、もしかして近藤のじいさんは死んでて、霊になってマネキンに乗り移ったのでは? という、突拍子もない予想に至った。
「そうだ」と言うと、原は自前の双眼鏡を取り出して、ベランダから近藤家を覗き始めた。
 しばらくの沈黙の後、「あっ! いたいた!」と原が言うので、僕も双眼鏡を覗かせてもらう。
 近藤のじいさんは、自宅の蔵の前で農具の整理をしているようだった。
「全然元気そうじゃん」と言うと、「見間違いだったのかなぁ……」と、原。
「でもあの目立つ銀歯はじいさんのだと思ったんだけどな」
 僕らはモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、解散した。

 その日の夜だった。
 カーンカーンカーンという、火事を知らせる半鐘の音が鳴り響いた。
 夏で窓を開けて寝ていた僕の部屋にも、焦げ臭い煙の臭いが漂ってくる。
 大人たちは慌ただしく右往左往していて、消化活動に参加する親父から、万が一燃え広がった時のために避難準備をしておけと命じられる。
 寝ているところを起こされて、寝ぼけ眼のまま「どこが燃えてるの?」と母に聞くと、「近藤さん家らしいよ」と返答があり、近藤家の黒焦げマネキンを連想した僕は震え上がった。
 隣接する原の家が心配だと言うと、どうやら原の家族は既に親戚宅に避難しているらしいと教えてもらい、ひとまず胸を撫で下ろす。
 しばらくして、「何かあったらすぐに起こすから、今日はとりあえずリビングで寝なさい」と母に言われ、姉と僕はリビングに布団を持ち込んで眠った。
 翌朝の日曜日、帰宅した親父から、深夜に応援の消防車がきたらしく、無事鎮火したことを告げられた。
 そして更に、その日の午後のローカルニュースでは、近藤夫妻と長女・三男が搬送先の病院で死亡が確認された……という事実を知ることになった。
 火事、亡くなった四人、焦げたマネキン頭は四つ……。
 僕は恐ろしくなり、原の安否も気になったので、原へ電話をかけた。 間も無くして原自身が電話に出た。
「ちょうど俺も電話しようと思ってた」と言う原は、心なしかいつもより大人しい印象だ。
 まあ村の人が亡くなっているのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
 ひとしきり話した後、原は少しだけ声を顰めて言う。
「すげー派手に燃えた割にはさ、近藤家の敷地から炎が出てないんだよね……」と。
「あれだけデカい屋敷だし、直ぐ裏は山林だし、他に燃え移ってもいいはずなのに、近藤家の敷地以外は全然燃えてないんだよ。燃え方が激しくて、これはヤバいかも知れんって言って避難したのに……。親も不思議がってた」
 そこまで話して、暫しの沈黙が流れる。
 僕は、なんとなく二人とも話題にしないようにしていたマネキンの話を持ち出してみた。
「あのさ……気のせいかも知れんけど、マネキン頭が四つあって、近藤さんちも四人亡くなってて、なんかすごい嫌な感じだよな」と。
 原は、俺もそれ思った……と言い、また黙り込んでしまった。
 考えすぎだよなと話を切り替えて、月曜は違う道通って登下校しようという話に落ち着けた。
 そして、原が婆さんから聞いた話だが、近藤の爺さんは昔から金貸しをしたり、悪どいやり方で土地を略取したりしていたらしい。
 婆さんは、「因果応報だね」とつぶやいていたそうな。 その後事件からしばらくして、嫌な噂が村中に広まっていた。
【亡くなった近藤家の人間には、頭部がついていなかった】
 その噂の真偽の程は確かではないが、僕と原だけは、なんとなく真実味を感じていたのだった。
 僕らは高校卒業と同時に逃げるように村を出て、今はコロナ禍を口実に地元に戻ることはなくなっている。

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