怖い人とのっぺらぼう

 以前、私がバイトしていたラウンジの常連さんから聞いた話です。

 その常連さんは「真壁さん」という方で、私の店ではまーちゃんとか呼ばれていました。
 真壁さんは霊感が強く、近くに居ると周りの人にも見えることがあるのだそうです。 私も一度接客中に見たことがあります。
 そして以下は、真壁さんが行きつけのバーで体験した出来事です。

 真壁さんはお酒が大好きで、よく通うバーがいくつかあります。
 飲むお酒の種類や気分によって、お店を変えるのだそうです。
 その日は既に他のお店で飲んだ後で、軽く飲もうと比較的近くのバーに向かいました。
 割と値の張るそのお店は、普段は客層も良く静かなのですが、その日は若い賑やかな集団が角のテーブルを一つ占領していました。
 真壁さん的には、あまりお酒に慣れていなかったから、おそらく大学生かその辺りだろうと言うことでした。
 そのグループは真壁さんが入った時からだいぶ出来上がっていて、お店の方もそろそろ声をかけようか、という雰囲気になりました。
 その時、いつからいたのか、カウンターの奥で一人飲んでいた女性客に騒がしいグループの一人が声をかけました。
 だいぶ下品なニュアンスで女性をからかい、ちょっかいをかけ始めた彼らに、素早く苦言を呈したのは反対角のテーブルに座っていたスキンヘッドの二人組です。
 肌のお絵かきや身につける品など、どう見ても一般人でありません。
 きつい名古屋訛りで女性に絡むな、という坊主と、それを煽って対抗する若者4人組。 大変面倒なことになりました。
 流石に店員も揉めるなら外で……と、二組に(主に若者に)声をかけます。
 それにもヒートアップし、話を聞かない若者達。
 年下の店員さんを庇うため、真壁さんが間に立った時です。
 急にカウンターを照らすライトが消え、そのあたりだけ薄暗くなります。
  あれっ、と虚をつかれたように静かになる一同。 被せて、若者の一人に肩をつかまれたままの女性から、ふっふと笑い声がします。
 怪訝そうな顔をする一同のなか、真壁さんだけは「あ、これは人じゃなかったか」と妙に納得しました。
 肩を掴んだ若者が、笑う女性に不愉快そうに言葉を浴びせましたが、それもすぐに辞めて、今度は情けない声をあげ始めました。
「ふんぁあぁ」と、真壁さんは気の抜ける声を真似していました。
 はぁ? と仲間が問いかけると、若者は 「腕が、痛い! 痛い! 離れない!」 と叫び出します。
 何をふざけているのか、と坊主が若者の腕を掴みますが、すぐに「熱っ」と言って腕を離しました。
 急いで仲間が腕を剥がそうとするも、みんな坊主と同じ反応をして飛び退きます。
 女の肩に手を置いた若者は、かわいそうに失禁までして痛い痛いと泣いていました。
 異様な空気に店が包まれた時、女が笑いながら振り返ります。
 女の顔には鼻以外のパーツ、目や口・眉毛まで、何一つありません。
  のっぺらぼうに鼻だけついた見た目で、若者の腕ごと肩を震わせてクツクツと笑います。
 真壁さんが反応するより先。 スキンヘッドの一人がズイっと前に出たかと思うと、女の顔に唯一浮かぶ鼻を根本からつまんで「うぬぁ」と声をあげて女を椅子から引き倒しました。
 顔から落ちた女は、床に着く前にフッと消え、バランスの崩れた若者と坊主だけが椅子に倒れ込みました。
 その後すぐに若者グループは店を後にし、真壁さんも残った一杯を飲むとすぐに店を出ました。
 坊主二人はカウンターに移り、店員さんと先ほどの女について興奮気味に話していました。
 真壁さんが言うには、のっぺらぼう女はずっとお店にいる存在なのだそうです。
 カウンターやテーブルや、その時々で場所は違いますが、お店に行くと必ず見かけるのだと。
 真壁さんは 「俺は何も出来ないし、ヤーさんがいてくれて良かったあ」 と言っていました。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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