享年十七才

 知り合いのK君が、数年前の飲み会の時に、怖い体験談として教えてくれた三つの話である。

 まず一つ目は、K君が小学五年の時、学校の階段の踊り場で、友達数人とプロレスの真似事をして遊んでいた時、不意に踊り場の天井が目に入った。
 よく見ないと分からない程度の薄いシミが、天井の片隅にあって、恐らくだが、古い校舎だったので、雨漏りのシミではないかと思ったそうだ。
 しかし、毎日、何度となくそのシミを見るうち、K君は良からぬ妄想を抱き始めた。
 何となくだが、そのシミが女性の顔に見えて、友人達を怖がらせてやろうと思ったのだそうだ。
 本当にただのいたずらのつもりだった。
 その内容は、 「最近、学校に来ると、何かいつも誰かに見られている気がして、気持ち悪かった。それがある場所に来ると、物凄くなって、よく見たら、女の顔があった」 というもので、友人達に演技さながら話したそうだ。
 そして、彼らをくだんの踊り場に連れて行くと、友人達は、 「ぎゃあー!」 と叫び声をあげて、逃げて行ったという。
 しかし、K君の思惑とは裏腹に、この事は、クラス内を飛び越えて、たちまち学校全体にまで、広まってしまったとのこと。
 連日のように、踊り場に沢山の生徒達がやってきては、悲鳴を上げて逃げて行ったそうだ。
 K君は、 「嘘だとバレたらどうしよう。先生に怒られる」 と、毎日びくびくしていたとのこと。
 ところがそのシミは、徐々に濃くなっていき、本当に髪の毛が肩くらいまでのキツネ顔の目の細い女性で、少し怒っているように見え、作り話の張本人のK君が見ても、とても怖かったという。
 やがて先生方の間にも広まって、踊り場の天井は、すぐにその部分だけ張替えられてしまったそうだ。

 二つ目は、そのすぐ後の夏休みに入った地区行事でのこと。
 集合時間が夕方六時で、集合場所が、なんと家のすぐ近くのお寺だった。
 K君も友人達とわくわくしながら参加したそうだ。
 炊き出しが振る舞われ、食べ終わると花火大会。
 そして、最後に景品付きの『肝試し』が行われたとのこと。
 しかし、そこは寺なので、当然、墓場の中での本格的な肝試しであった。
 墓場の中をぐるっと一周して戻って来れたら、出口でお菓子が貰えたそうだ。
 K君も友人と二人で、月明かりの中、墓場に入った。
 流石に怖いので、自然と駆け足になった。
 経路の真ん中辺りに差し掛かった時、K君は、急に静寂を感じたそうだ。
 ざわめき声とか悲鳴とか車の音などが一瞬で無くなり、シーンと静まり返って、思わず足を止めたとのこと。
「あれっ?どうした?」 辺りを見渡してみて、大変驚いたそうだ。
 ある墓の前の空中に浮遊する光る『火の玉』を発見した。
 光の色などは子供だったので、よく分からなかったそうだ。
 友人は、とっくに走って先に行ってしまっていたので、墓場には自分一人きり、じっと火の玉を見ていた。
 その後、急に我に帰って、怖さマックスとなり、慌てて走り出したとのこと。
 後から、友人達に、 「火の玉を見た」 と言っても誰も信じてはくれなかったそうだ。
 それで翌日の昼間、明るい時間に、こっそりと一人で寺の墓場に行ってみたそうだ。
 火の玉の出た場所を思い出しながらゆっくり進み、ここかなと思われる墓石を発見した。
 K君は、その墓石の前に立ち、何か異常がないか確認した。
 続いて側面を見たら、没年の欄に女性の名前と『享年十七才』の刻字があった。
 K君もこの意味はなんとなく知っていたので、子供ながらに、十七歳で死ぬなんて、可哀想だと思ったそうだ。
 すると、知らない間に、寺の住職が近寄ってきていて、 「一人できたのかな?」 と声を掛けられた。
 K君は、驚いて後退りして、 「はい」 と答えたが、正直に、 「ゆうべ、この辺りで火の玉を見た」 と話したそうだ。
 すると住職は、真面目な顔になり、 「さてはゆうべ、本堂の奥へ入って、『御柱』に触っただろう」 と聞いてきた。
 御柱は、高さが120センチ、直径20センチ位の円柱の形状をしたもので、表面はゴツゴツとしていて、真ん中が少し膨らんだ柱だった。
 それでK君も観念して、 「触りました」 と答えたそうだ。
 住職の説明によると、御柱に触ると、火の玉を見ることが出来るという言い伝えがあるのだという。
 ただし、 「見える人と見えない人がいるよ」 とのことだった。
 だから、本堂の奥に隠していたのに、ゆうべは、子供会の行事ということで、本堂も開放され、K君も興味本位で奥まで入り、御柱に触ってしまったのだそうだ。
「だから、火の玉が見えたんだ」 とK君は納得したそうだ。

 そして三つ目の話は、K君が大人になり、社会人となったある夏のことであった。
 会社の同僚達と海水浴に行って、楽しい時間を過ごした。
 男ばかりの四人組だったが、目の保養には充分だった。
 ついつい水着姿の若い女の子達を探して目で追ってしまう。
 K君は、海を満喫していたが、知らないうちに、深みにはまり、危うく溺れかけたそうだ。
 その際、誰かがK君の腕を引っ張ってくれて、助かったとのこと。
 ところがである。 そのすぐ後、K君とは関係ない別の知らない男性が溺れて、大騒ぎとなった。
 残念なことに、その男性は意識が戻らず、救急車で運ばれてしまったとのこと。
 K君達四人は怖くなり、早々に引き上げてきたそうだ。
 その日、K君は、一人暮らしのアパートに戻り、疲れて早めに寝てしまったという。
 そして、夜中、話し声で目が覚めた。
 アパートの部屋の寝室の窓の外で、三人位の人達がボソボソと話す声が、聞こえていたそうだ。
 しかし、K君の身体は動かなかった。
(これ、金縛りか?) K君は、嫌でもその会話に集中させられていた。
 声は、窓のまん前からで、夜中の静寂の中では、声が部屋の中に反響して、本当にすぐ近くで話している感じがしたそうだ。
 それは、とても低い声で、男なのか女なのかも分からない。
 まるで、呪文でも唱えているかのように、ぶつぶつと聞こえていたそうだ。
「どうする?」 「どうする?」 「どうするか?」 「連れて行くか?」 「どうする?」 「どうする?」 「連れて行こうか?」 「どうする?」 「・・・」 「気付かれた・・・」 「・・・」 そこで金縛りが解けたそうだ。
 胸の鼓動が早打ちして、慌てて飛び起きたとのこと。
 怖くて震えが止まらず、窓の外を確かめるなど、とても出来なかったという。
 K君は、 (自分は今日、本当は海で溺れて死ぬはずだったのか?) と考えたそうだ。
(しかし、友人の誰かが、腕を引っ張って助けてくれたから、運命が変わってしまい、迎えに来たのか?) と思い至った。
 翌日、K君は、海に行った四人のグループラインで、 「俺が溺れかけた時、誰が助けてくれたの?」 と聞くと、返信では全員が、 「違う」 とのこと。
(えっ、それなら、必死にもがく自分の腕を掴んで引っ張ってくれたのは、誰なの?) 厳密に言えば、腕を掴まれていた感触はあったが、K君の先に人の姿は見えなかったのだそうだ。
 だから誰が助けてくれたのかは、結局は分からずじまいだったとのこと。
「俺の体験した怖い話は、こんなものかな。だから、本当なら、俺は死んでるはずなんだよ」 とK君が満足そうに、話してくれた。
 数年前の飲み会の席でのことであった。

 最近、たまたまショッピングモールで、K君夫婦とばったり会い、K君が奥さんを紹介してくれた。
 奥さんは、とても若くて髪が肩くらいで、キツネ顔の目の細い方だった。
 四つ目の話が聞けそうな予感がしている。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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