緑のおばちゃん

 長年東京で一人暮らしをしてきた俺だが、 今、何年かぶりに地元に帰ってきている。
 長期連休というやつだ。
 帰ってすぐ、地元の幼馴染どもが集まって来て まずは宴会となった。
 ひとしきり懐かしい話に花を咲かせ、夜も深まって行った。
 店を出る頃にはもう俺たちはイイ気分で、 そこで解散するのもなんだか名残惜しく、 しばらく夜の町を散歩することにした。
 夜風にあたるのが気持ち良かったのと、 久しぶりの田舎の路地が、とても懐かしかったからだ。
 この近くには俺たちが卒業した小学校がまだ残っている。
 かなり古く、生徒数も減っているはずなのだが、 まだ存続しているようだ。
 誰が言うともなく、俺たちは小学校へ向かう道を歩いていた。
 少し歩いて大きな道路に出た。
 ここの横断歩道を渡れば 小学校まではすぐだ。
 子供の頃はみんなで手を挙げてこの横断歩道を渡り、 停まってくれたクルマにはおじぎをしたものだ。
 横断歩道の横には、いつも毎朝、緑のおばちゃんが 交通安全の旗を持って立っていてくれた。
 後から聞いた話だが、その時の緑のおばちゃんを やってくれていた方、正式には「学童擁護員」と 言うのだそうだが、ある時暴走してきたトラックにはねられ 亡くなったそうだ。
 その事故の時も子供たちを守ることを 優先したために自分がトラックにはねられたのだとか。
 おかげで子供たちにケガは無く、当時の親御さんたちからは 大変感謝されたという。
 この場所に小さな記念碑と木が植えられたのは、 そんな理由からだろう。
 その木も今では大きく育ち、育つと共に道路側へと 大きく枝を伸ばし交通の邪魔になるほどになっていた。
 その姿を交通安全の旗を出してクルマを停めていた 緑のおばちゃんに重ね合わせて「緑のおばちゃんの木」 と呼ぶ人もあった。
 よく見ると、その「緑のおばちゃんの木」に ビニール紐が括り付けられている。
「誰だ、こんなイタズラするやつは」 そう言うと、Aのやつが「あぁ、それは……」と説明しだした。
 それは明後日の剪定作業で伐採する予定の街路樹につけられた目印なのだという。
 そういえばこの道路の並びの木にいくつかビニール紐が 括り付けられているようだった。
 Aはさらに続けたが、途中から妙なことを言い出した。
「俺は明後日の剪定作業に参加することになっている。 だが、なぜよりによって俺なんだ……これも運命なのか……」
「おい、どうしたんだ。この木を切るだって?運命って、いったいなんの話だ?」
「俺のオヤジなんだ」
「えっ?」
「緑のおばちゃんをトラックで轢いたの、俺のオヤジなんだ……」
「なんだって?」
「オヤジが緑のおばちゃんを轢いて、今度はその息子が 緑のおばちゃんの木を切り倒すんだぜ?……これも因果ってやつなのか……」
 俺はAをなだめてやることしか出来なかった。 が、その時、俺の背筋には何か冷たいものが流れていた。

 二日後、Aは死んだ。
 剪定作業の最中に、突然動き出した無人のトラックに追突され、 そのままトラックと木の間に挟まれてしまったのだ。
 しかも、その時手にしていたチェーンソーが、Aの首から肩の あたりをえぐり、ほぼ即死状態だったらしい。
 剪定作業は中止となり、「緑のおばちゃんの木」はまだそこに立っている。
 部分的に切られた木の枝の切り口からは、まるで血のように赤い樹液が滴っているという。
 俺はいたたまれなくなり、葬儀が終わると逃げるように東京へ戻った。

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