救命現場での心霊体験

 この出来事は、体験したボク自身も未だに半信半疑なのですが、 ずっと胸にしまっておくのもモヤモヤするので、こちらで語らせていただければと思います。

 某月某日、某駅ホームにて電車が来るのを待っていたボクの目の前で、 飛び込み自殺が発生しました。
 この駅は古い駅で、いまだに転落防止用のホームドアなどが無い駅です。 自殺した男も、それを判っていてこの駅を選んだのでしょう。
 男は先頭車両に飛び込み、その反動で跳ね飛ばされて駅にいる男女数人に激突し、多くのけが人を出す事件となりました。
 またショックで倒れ込む人も数人おり、駅ホームは阿鼻叫喚の地獄絵図となっておりました。
 ちょうどボクの目の前にいた女子中学生もその一人のようで、 ストンと落ちるようにボクの足元に倒れ込みました。
「大丈夫ですか? ……大丈夫ですか?」
 何度か呼びかけるも応答なし。
 ボクは近くの二人に声をかけ、 「あなた、すぐ駅員を呼んでださい。あなたは救急車をお願いします」 と、指示を出しました。
 これだけの事件なので救急もすぐに大挙して駆けつけてくるとは思いますが、念のためです。
 女子中学生は呼吸も止まっており、心室細動を起こしている可能性が出てきました。
 持病でも持っていたのだろうか……。今は考えている暇はありません。
「やばいな……AED使うか……」
 ボクはすぐに彼女の気道を確保し、胸骨圧迫に入りました。
 強い力で、肋骨が折れてしまうかもしれないような力加減で、 テンポよく胸骨を押し、心肺蘇生を開始しました。
「あなたすいません、改札のところにAEDがありますから、持ってきてください」
 近くで見ていた若い人に声をかけました。彼は走ってAEDに向かってくれました。
 ホームにはやっと駅員が現れたのですが、事態の対応にてんてこまいのよう。
「ハイ、AEDを持ってきました!」
 先ほどの青年が素早くAEDを持って来てくれました。
「ありがとう」
 が、ここで少しためらいが出ました。相手は女子中学生です。
 衆人の前で肌を露出するのも、男性である自分が触れるのもマズイ気がしました。
「だ、誰か女性の方でAEDを操作できる方はいませんか?」
 大声で尋ねるも、周囲にいる女性たちは皆出来ないと断って来ました。
 しょうがありません。自分がやるしかない。
 が、服を脱がせる必要がないことにすぐに気が付きました。
 彼女はセーラー服の夏服で、襟のあたりと脇のあたりは比較的開いており、 AEDの電極パッドを押し込むくらいならば、服を脱がさなくても行けると判断できました。
「キミ、すまないが手伝ってくれ」
 AEDを持ってきてくれた若者にそのまま手伝ってもらうことにしました。
「まずAEDのフタを開けて」
 若者がフタを開けると自動的に電源が入ります。 電源が入ると共にAEDが自動音声を流し始めます。
 ノンビリ説明を聞いている暇はないので、ボクはパッドのフィルムをすぐにはがし、 彼女の襟元から右胸上部に1枚、左脇からもう1枚電極を貼り、AEDによる診断を待ちました。
 AEDは自動で電気ショックが必要な状態かどうかチェックしてくれるのです。
「カラダニ触ラナイデクダサイ……心電図ヲ調ベテイマス」
「電気ショックガ必要デス……充電シテイマス」
 やはり、電気ショックが必要なようだ。
 ボクは大きな声で「電気ショックを与えますから、みなさん離れてください!」と指示を出し、 AEDのボタンを押しました。
 電気ショックが発生し、 ボクはすぐさま胸骨圧迫に入りました。
 1、2、3、4……胸骨圧迫を30回行ったところで、彼女が息を吹き返しました。
「やった、成功した!」
 思わず助手をしてくれた若者と抱き合って喜びました。
「彼女の体を横にするのを手伝ってくれ」
「ハイ」
 彼女の体を横に向けて片足を曲げた体制にします。 人によっては嘔吐してしまい、それが気管に入ることもあるためです。
 そうこうしてる間に、本物の救急隊員がやっと着てくれ、 彼女はタンカに載せられ運び出されて行きました。
 ボクは救急隊員に状況説明をしましたが、結局手伝ってくれた若者と一緒に救急車に同乗し、 彼女と一緒に病院まで行くこととなりました。
 あっ、スイマセン……。
 救命措置の話で熱くなってしまって、肝心なことを忘れていました。 こちらは怪談のサイトでしたよね。
 なんでこちらでこんな話をしたかと言うと、 実は……、今でも思い出すとゾっとするんですが、 ボクが救命措置をしている間、ずっと、ホームの下から頭だけだして じーーーっとこっちを見ているやつがいたんです。
 それが、灰色の顔で、頭から血みどろになっていて……どう見てもさっき電車に飛び込んだ男の顔なんです。
 でも男の死体はホームの上に血まみれで横たわっているんです。
 なのにその顔は、停まった電車の先頭車両のすぐ近く、ホームの下からのぞいてるんです。
「アイツは絶対道連れを欲しがっているんだ……」
 そう思ったボクは、もうそいつを絶対見ないようにして救命措置に専念することにしたんです。
 女子中学生がタンカで運ばれて行くときも、奴はじーーっとこっちを見て、 恨めしそうな顔をして見ていました。
 やつはもしかしたら、そこで地縛霊になってしまうのではないでしょうか。
 早く駅に転落防止ホームを付けていただきたい。
 じゃないと、またすぐに犠牲者が出そうな気がして、ボクはとても怖いのです。

 ……最後は明るい話で終わりましょう。
 女子中学生はその後元気に回復し、ボクと、助手君とで一度お見舞いに行き、 それからというものボクらは、中学生と大学生と社会人という、 変な組み合わせの友達となりました。
 なんだが、娘と息子がいっぺんに出来たみたいな、ちょっとおかしな気分です。
 ボクはと言うと、企業内で災害対策チームの主任をやっているのですが、 今回の件を生かして、社内でもAED研修を開こうと企画している所です。
 みなさんもよかったら、一度勉強してみてはいかがでしょうか?

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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