トラックの寝台

 まだ陽も登らない早朝から深夜まで、日本中を津々浦々と走り回るトラックドライバーは意外と不思議な体験をしている人も少なくない。

 知人の男性は、深夜に千葉県から長野県までトラックを運転していた。
 深夜で山の中の高速道路。周りには他に走る車も無く、稀にすれ違う対向車のハイビームに嫌悪感を抱きながら、ただひたすら目的地に向かってアクセルを踏み続ける。
 ラジオからは名前も知らない歌手が、人生を大切にしろと差し出がましい歌を歌っている。
 やがてトンネルに差し掛かり、その歌声も無機質なノイズの中に溶けて耳障りな音だけが鳴り響いていた。
 彼はラジオを消して、静かな夜のドライブを楽しむはずだった。
「3つ落とした」
 消えてしまいそうな細く頼りない声が確かに聞こえた。
 彼は恐怖で全身の毛が逆立ち、血が冷たくなる様な感覚の中でパーキングにトラックを停める事を決意した。
 額に汗をかき、気持ちとは対照的にトラックがゆっくり進んでいる感覚に襲われている最中にも 「3つ落とした」
 どうやら後ろの寝台から聞こえるらしい。
 使い道の無いルームミラーは、身だしなみを整える為に自分に向けられている。
 目を向けると、今にも泣きそうな顔をした自分の真後ろに、俯く女が見えた。
 恐らく寝台で膝を抱え座っている様だった。
 情けない声を上げて視線を戻し、心の中でお経を唱えていると、後ろからヌッと手が伸びてきて両目を覆われた。
 まるで「だーれだ」の遊びの様に。
 直後に激しい音と衝撃を感じた後、燃える様な痛みが彼の左半身を覆い、やがて感覚は寒さへと変わり薄れ行く意識の中で彼は思った。
「あぁ、事故ったな……」

 目が覚めると病院のベッドの上に居た。
 話を聞くと、どうやらトラックはカーブで車線を左に逸れてガードレールを突き破り、ほぼ垂直に3〜4メートルほど落下。
 落下の衝撃で積んでいた大量のパイプが押し出されてキャビンを潰し、運転していた彼の左脇腹と左肩を貫通した。
 幸い命こそ助かったものの、今回の経験で彼は後遺症が残り、トラックを降りる事にしたそう。

 後日彼は事故の直前、両目を覆ってくる枝の様な細い指を見たと言っていました。
 冷たい手で触られている感覚はあるのに、振り払おうとした俺は触れる事が出来なかったと、こめかみを引っ掻く様なジェスチャーをしながら話してくれました。
 それと、後遺症と言いましたがダメージを負った内臓は3つだそうです。
「3つ落とした」ってこの事なんでしょうか。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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