今思い返せば、俺の青春と言えば、オートバイ一筋だった。
高校生で免許を取るなり、母親の反対を押し切り、アルバイトで貯めていたお金で喉から手が出るほど欲しかったバイクを購入。
今思えば無謀極まりないが、当時の高校の先輩に誘われ、自宅から飛ばしても1時間以上かかる東京都奥多摩町や、青梅市の峠道を、ただがむしゃらに、速く走る事だけの為に、昼夜問わず、先輩や仲間達と時間の許す限り走り込んでいた。
当時、土日の奥多摩は走り屋のメッカで、昼間にも関わらず腕試しをしに各地からライダーが集まり、多い時ではその数100台以上の、言わば完全な無法地帯であり、公道のサーキット。
そこで1番になるべく、平日夜は仲間数人と青梅市の峠で良く練習走行をしていた。
前置きが長くなってしまったが、これは俺がしょうもない青春を謳歌している時に起きた、不思議な話。
その日も、平日夜に青梅市の某峠へ向かう。
その日はたまたま自分と同じ方面から合流できる仲間がおらず、他の先輩仲間とは走り込むスポットへの現地集合だった。
前々から気になっていたのだが、いわゆるその走り屋スポットへ向かう延々と続く峠道の途中で、通行止めになっているにも関わらず、通る度に車数台、多い時は10人以上の悪そうな男女で賑わう少し開けた場所があった。
そこは昔なら分岐路であったであろうが、今では見通しの良いカーブな上に、けたたましいバイクの音に気付き、俺達ライダーを凝視する彼等を尻目に、挨拶がてらタイヤを温める為に、めいいっぱい車体を傾け地面に膝を擦る。そんなポイントでもあった。
散々走り込み、タイヤの熱ダレとガソリン不足からその後しばらく仲間達と雑談の末、現地解散となる。
帰り道も1人ではあったが、心細いと言う感情は微動打に無く、1つカーブを攻め込む度に、当時夢中で読んでいた二輪漫画『バリバリ伝説』の登場人物になりきり、1人でヘルメットの中で『カメ!』とほざいていた。
例の通行止めのコーナーに差し掛かった時だ。
いつもなら深夜にも関わらず男女賑わっているはずのそのコーナーに車1台と止まって居ない。
珍しい事もあるもんだと思いっきり車体をバンクさせると、コーナー出口の脇で1人の女性が立っていた。
「うわ〜かわいそう。もしかしておいてけぼりくらっちゃった?」
そんな事を思いながらも、ヘッドライトに一瞬照らされたその女性。
黄色のノースリーブに丈の短いホットパンツ。無表情だったように見えた。
まともな街灯1つ無く、恐らくヘッドライトがなければ漆黒の闇。
そんな中、1人取り残されてたら……と、可哀想な気持ちになったものの、俺のバイクは2人乗りが出来ない。速く走る為だけに改造してしまっていたから。
俺の当時所持していたピッチもこの辺では圏外。
少しの下心も妥協しない俺のバイクを心底恨みながらも、結局山を下って来てしまった。
冒頭で述べた通り、行きも帰りも1時間以上掛かる道のり。
東京都から埼玉県H市へ入った幹線道路同士の交差点で信号待ちをしていた時だ。
「あれ??」
思わず声が出た。
先程と同じ様な格好の女性が横断歩道手前で立っている。
(今こういう格好って流行ってるのかな?)
深く考える事無く、シグナルがグリーンに変わると共に、勢い良くスロットルを開ける。
H市からS市へ入り、大型工業地帯の中の、深夜の道路工事による車線規制で停車している時だった。
街路樹の側に、居るのだ。
口をポカーンと開けている。
工事に没頭する作業員達の目に、深夜に1人佇むこの女性は異様な光景と捉えられないのだろうか。
俺は思考回路が麻痺した後、ようやく事の異常さに気付いた。
俺に、ついて来てる……。
とてつもない悪寒を背中に感じながら、一刻も早く自宅に帰る為、ありったけの度胸でいくつも信号を無視し、地元のK市まで辿り着いた。
ノンストップで走り続けている最中も、高速の側道、小さな橋の上、バスのロータリーにその女性は立っていた。
ようやく自宅に到着し、玄関にヘルメットを放り投げ、自分の部屋に飛び込んだ。
そのまま布団に潜り込もうと試み、レーシングスーツを脱ぐその刹那、フッと部屋にある姿見を、見てしまった。
俺の首に腕を絡ませ、鏡を返して俺の表情を凝視しながら無表情でポカーンと漆黒の口を開く女性の姿を。
俺はそこで意識を失い、以降この女性を見る事は無くなった。
あの青梅市の通行止めの先が、関東でも有数の心霊スポットだと知ったのは、つい最近の話だ。