落ちてきたもの

 以前お世話になった取引先の方から聞いた話です。  その方は岐阜県某市に娘さんと奥さんと3人で暮らしています。
 ある日の夜のこと、当時家から大学に通っていた娘さんが、血相を変えて家に飛び込んできました。
 よく見ると同じように顔面蒼白の男性と一緒です。
  一体どうしたのかと2人に問うと、娘さんと男性は、息も絶え絶えに今しがた起こったことを話し始めました。
 娘さんが学校帰り、最寄駅から家まで歩いていると、男性の怒鳴り声が聞こえてきました。
(うわ、酔っ払いかな。まだ7時なのに嫌だなぁ)
 そう思って声のする方をチラリと見ると、何やらスーツ姿のサラリーマンらしき男が1人で叫びながら、体をよじらせているのが見えました。
 やはり酔っ払いかと思い、早足にその場を離れようとした時、サラリーマンの頭に黒い塊が乗っているのに気がつきました。
 カラスか鳥か、どうやらサラリーマンはそれを追い払おうとして、頭をブンブン振って必死にもがいているようでした。
 ことに気づいた娘さんは、すぐにサラリーマンを助けるため駆け寄ります。
「大丈夫ですか!」
 娘さんの声に反応してサラリーマンの動きが一瞬止まり、頭に、具体的には後頭部にしがみ付いていたものがはっきり見えます。
 大きめの鳥だと思っていたものは、どう見ても人の生首でした。
 黒い髪と、どこにでも居そうな日本人の顔。
 表情はなく、胴体につながるはずの首から、黒く長い数珠が垂れ下がっているのが見えます。
 呆気にとられる娘さんをよそに、生首が歯をカチカチカチ、と小刻みに鳴らしながらサラリーマンの首に噛みつこうとしています。
 ハッと我に帰った娘さんは、持っていたリュックで生首を殴りました。
 ボスンという生々しい手応えと共に、生首が地面に落ちます。
 生首は地面に転がったまま起き上がる様子もなく、目だけを2人に向けて歯を鳴らし続けています。
 すかさず娘さんはサラリーマンの手を取り逃げ、近くにある自宅まで走ってきたというのです。
 サラリーマンは、突然何かが上から落ちてきたかと思うと、ガチガチという音と共に、首に痛みが走った。
 娘さんが助けてくれて初めて、それが生首だったことに気がついた、と言っていたそうです。
 その後念のため警察に通報したものの、サラリーマンの首の傷は人間の歯形ではなかったことや、目撃者が娘さんだけであったことから、事件性なしと判断されたようです。
 娘の話を疑う気はないけど、自分の家の近くに数珠の生えた生首が居るなんて信じたくない。 と話をしてくれた方は言っていました。

朗読: 読書人流水
朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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