鳩を貰う

 私が小学二年生になるタイミングで引っ越すことになった。
 五階建ての小さく古い団地に住んでいたが、弟も産まれ、四人家族には手狭になったので、父が郊外に一戸建てを買ったのだ。
 春休み中に引っ越ということで、子供ながらに手伝えることをしたりと諸々準備をして、いよいよ当日となった。
 友人達が集まって最後のお別れをした。 プレゼントをくれる子もいたし、泣いてくれる子もいた。
 引っ越しトラックのドライバーのおじさんが 「ぼく、おっちゃんのトラックに乗るか?」 と声を掛けてきた。
 大きなトラックの助手席に乗ったことがなかったので、笑顔で大きく頷いた。
 ドアを開けて、私の両脇に手を添えて、助手席まで持ち上げて乗せてくれた。
 普段とは違う高い視点の景色に興奮した。
 友人が前方で、跳ねながら手を振っている。
 ふと、助手席横の窓コンコンと叩かれた気がしたので、取っ手を回して窓を開けた。
 開いたと同時に両手で包み込むように持たれている鳩がにゅっと窓から差し入れられた。
「あげる」
 そう聞こえたので、戸惑いながらも鳩を受け取った。
 いわゆるドバトと呼ばれる一般的な鳩だったが、とても大人しい鳩で僕は胸に抱いた。
 誰がくれたのだろうと窓から顔を出して見たのだが誰かはわからずじまいだった。
「鳩、しっかり持っといてや~急に飛んだりしたら事故してしまうさかいな」
 そういうと、ドライバーさんはトラックを発進させた。
 鳩はとても大人しく、そして温かかった。時折、目をパチクリさせてキョロキョロとしている。
 ドライバーさんと、その鳩をどうするのだとか、新しい家はいいねだとか雑談をしているうちに三十分程で新居に到着した。
 助手席のドアを開け、鳩を胸に抱えたままジャンプするように降りた。
 トラックを先導するように走っていた父の車からは弟を抱いた母が降りてきた。
 鳩を母に見せようと走って行き、「お母さん見て!」と差し出そうとしたとき、何となく鳩に違和感を感じた。
 鳩の首がダランと力なくうなだれている。 目を閉じて開かない。軽く揺らしても首がブラブラするだけだった。
 鳩は死んでいた。
 母に経緯を話した。
「大人しかったのは弱ってたからかも知れないね」と母は言った。
 確かに鳩を捕まえるのは容易ではない事は経験から知っている。
 手が届きそうになったとたんにいつも飛び去ってしまっていた。
 私に鳩をくれた子も、弱ってたから捕まえられたんだと思った。
 それにしても、誰がくれたんだろう……。
 私と同じぐらいの手の大きさだったから、友達の誰かには違いないのだろうけど……疑問が沸いた。
 窓から差し入れられたけど、あの窓の位置ってかなり高かったはずなのに、どうやって私に渡したのだろう?
 私は乗ってきたトラックに駆け寄り、助手席のドアのそばに立って、両手を挙げてみた。
 窓にはギリギリしか届かなかった。
 どこかに足を掛けたのかと、そういう場所を探したけどちょうど良さそうな所はなかった。
 ジャンプすれば可能な気もしたが、ピョンピョン跳ねるような感じではなく、無理なく静かに安定した状態でスーと差し入れられた記憶が残っている。
 とにかく、鳩を埋めてあげようと言うことで、真新しい庭の槙の木のそばに穴を掘って埋め、子供の手のひらに載るぐらいの丸くツルツルした石を探してきて墓石代わりに置いた。
 新居に来て最初にやったことが鳩のお墓を作るという、何となく相応しくないというか、ちょっと不吉な感じがするというか、少し胸の中がモヤモヤしたが、その後何か良からぬことがあったかといえば、特に何も無かった。
 ひょっとすると、実は何かあったのだが、それと鳩が関連付けられていないだけかもしれない。
 そう思って記憶を辿ってみもしたが、それらしい出来事は、少なくとも私自身には無かった。

 数十年住んでのち、その家は売り、更地になってすぐ新しい家が建ち、小さな子供がいる若い夫婦が幸せそうに暮らしていると、隣に住んでいたWさんが教えてくれた。
 今日現在もこの話は『特にオチも何もない話』だが、この先まだ何かある可能性もなきにしもあらずなので、一応、記憶の倉庫に寝かせておく。

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる