暗い川沿いの道で

 何年も前の夏のことです。

 ウォーキングを始めてすぐだった私は、決められたルートを開拓しようとあちこちを歩いていました。
 慣れない道を歩きまわっていると、気付けば夕暮れになっていました。
 自宅よりも山の近くだったそこは、意外なほど暗くなるのが早かったのを覚えています。
 私は急いで帰ろうとしましたが、引き返すのもつまらないと思い、すぐそばにあった大きな川沿いの道を辿っていくことにしました。
 JRの高架下を通り、川下へ進んでいけば国道がある。国道は街灯も多いし安全に帰れるだろう。
 そう思っていたのですが、意外と長い道だったことに気付いたのは、すっかり日が暮れた後でした。
 道を振り返ると真っ暗で、とてもではないですが戻ろうという気持ちにはなれませんでした。  

 街灯のない真っ暗な道を、スマホの光だけで歩いていると、前方から杖をついてゆっくりと歩くおばあさんが歩いてきました。
 こんな暗い道でも人って歩いているもんなんだなぁと思いながら、「こんばんは」とお互いに挨拶をしてすれ違いました。
 しばらく歩いていると、次は両手に杖をもってポールウォーキングのようにして元気に歩く男性とすれ違いました。
 また「こんばんは」とお互いに挨拶をしてすれ違いました。
 ふたりも人間とすれ違ったことで、暗い道に対する恐怖心はすっかり薄らいでいました。
 また人の気配が前方から近付いてきました。
 次は杖をついてゆっくりと歩くおじいさんでした。
 ハァ…ハァ…と息を切らし、足を引きずってつらそうな声を漏らしながら歩いているおじいさんは、まるでこちらに気が付かないように、見向きもせずに歩いていきました。  

 国道の街灯が近くに見えてきたころ、私はだんだん変な気分になってきました。
 すれ違う人が、なぜかみんな杖をついて歩いていたこと。
 おばあさんやおじいさんがこんな暗くて危ない道をわざわざ通っていたこと。
 まるですれ違った人が、この世の人ではないかのような気分が膨らんできて、思わず私は街灯に向かって駆け出しました。
 あと少しで国道、というところで、私は足を捻り、前のめりに転びました。
 足に纏わりつく鈍い痛みをかばう様に、私は国道を足を引きずって歩き、自宅へと帰りました。  

 家に帰って祖母にこの話をしたところ、祖母は呆れたようにこう教えてくれました。
「あんなぁ、そこ電車の通ってるガード(高架)があったやろ。昔はその××川の岸から線路に登れたんや。よぉけの人がそこで電車に轢かれて亡くなってるんやで。今でも人の滅多に通らへんあんまり行かん方がええとこやわ。もう行かんとき」  

 私の体験したことが何なのか、今でも分からないままですが、もうあの道を通ろうという気持ちにはなれません。
 滋賀県のとある川のそばに、その道は今も変わらず残っています。

朗読: モリジの怪奇怪談ラジオ
朗読: 読書人流水

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