夢の中の彼

 私は夢に出てくる男性に恋をしていた。

 彼の顔は朧気でぼんやりとしているし、名前も知らない。
 でも彼は毎晩彼女にとても優しく接してくれて、そしていつも自作の歌を聞かせてくれる。
 その歌声だけは強く心に残っていた。
 夢の中で私はそれが夢であることに気づいてはいたが、それでもその時間が一番幸せな時間であると感じていた。

 ある日、彼に尋ねた。
「あなたはどこに住んでるの? 会うことはできないの?」
 すると彼は悲しそうに微笑みながら答えた。
「ごめんね、会うことはできないんだ」
「どうして?」
 すると彼は急に真顔になって答えた。
「僕はもう死んだから」

 私は驚いて目を覚ました。
 冷や汗が全身を伝う。高鳴った鼓動が落ち着いていくと、枕元でつけっぱなしになっていたラジオの音声が次第に耳に入ってきた。
 そして、その中でラジオパーソナリティがこんなことを言っていた。
「残念な一報を伝えなければなりません。昨晩、〇〇市内の〇〇公園で、若手シンガーソングライターの〇〇さんが襲われ、殺害されたというニュースが入りました。………最後に哀悼の意を込めて、この曲をお届けします」
 ラジオから流れる曲を聴きながら、私は声をあげて泣いた。

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