憎悪の霧

 二番目に勤めた会社での話。

 最初に勤めた職とは全く別業種のデスクワークに就いた。
 入社した頃は、時代のブームに乗り業績は好調だったのだが、そのうちブームは去り、会社は傾きつつあった。
 私たち平社員は与えられた膨大な作業をオフィスに週の半分は泊まり込んでこなしていたが、管理職は早々に次の職を見つけて抜けて行く。
 その行動の無責任さに皆むかつきながらも一向に減らない仕事の山と向き合っていた。
 やがて、ボーナスの支払い遅れからの更なる遅れで不満が爆発した社員が説明を求め、金曜日、オフィス内で説明会が行われた。
 部長のデスクを中心に社員が集合した。私は最後列にいた。
 部長が嘘臭い笑顔を貼り付けて、嘘臭い今後のプランを説明している。
 皆解っていた。そんなに上手くは行かないと。
 最前列で体育座りで聞いていた先輩からフワッと煙の様なものが立ち上った。
 いや先輩、ムカついてるとは言え、さすがに喫煙はマズイでしょうと見ていると、その煙は拡散する事なく、先輩の周りに居残り続けている。
 それがどんどん広く濃くなって、先輩や、その周りの人の姿が見えにくくなるほどに成長した。
 違う方向を見ると、これまた違う社員から同じように煙が上がり広がっていく。
 次々と複数の社員から同様の現象が起こり、ついに私の場所からは部長や他社員が濃霧の様なものに包み込まれて見えなくなった。
 見えなくなったどころか音も遮断された。 その霧が私のところにも漂ってきた。
 何というか怒りの感情、憎しみの感情がその霧に溶け込んでいる感じがした。
 臭いも酷かった。
 硫黄の様な、腐った卵の様なその臭いに耐えられず、オフィスを飛び出してトイレで吐いた。
 戻った時には解散していて、それぞれ自席に戻っていた。
 霞ぐらいに薄くはなっていたが、まだオフィス内は煙っていたし臭いも残っていた。

 翌週月曜日、その説明をしていた部長が居なくなっていた。
 違う上長が、部長が退職したと説明を始めると、またあの霧が立ち上り始めた。

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる