五月病レベル5

 今年の春、うちの支店にも数年ぶりに新入社員が配属された。
 彼女は18歳で高校を卒業したばかりだったが、とてもしっかりしていて、臨機応変に対応できる賢さを兼ね備えていた。
 彼女をMさんとする。
 Mさんは、会社全体を把握するために、一ヶ月単位で、各部署を体験学習して、半年後に配属部署の辞令が出るとのことだった。
 そして五月、Mさんがいよいよ私の部署にやって来た。
 明るい彼女は、たちまち部署に馴染んで、とても良い雰囲気だった。
 歳の離れた私にも、礼儀をきちんとわきまえて接してくれて、とても好感が持てた。 (本当にしっかりしてるな) と感じた。
 ところがである。
 五月中旬の頃、Mさんの表情がなんか暗い感じがして、休憩時間に声を掛けてみた。
 するとMさんは、 「あの夢の話なんですが、私、知らない小学校の校舎の中にいて、外に出れないんです。焦って、扉の鍵をガチャガチャいじってると、目の端に白いかたまりを感じて、そっと目で追うと、小学校低学年くらいの女の子がいて、上から下まで白い服を着てるんです。そして、おかっぱ頭の髪の毛の間から、黒い目がこっち見てくるんですよ。なんか怖くなって、私、逃げるんですけど、逃げても逃げても追っかけてくるから、ひぇーってなるという話です。怖くないですか?」 とのことだった。
 私は、心の中で、(これは五月病の一種かな)と思ったものの、(こんな明るいMさんでも、やはり、ストレスを感じてるんだな)と驚いた。
 それで私は、「本当に知らない小学校だったの? 自分の行ってた小学校じゃないのね」 と聞くと、彼女は、「はい、全く知らない小学校でした。少し古い感じの木造の校舎でした」 とのこと。
「それ、面白いね。私、怖い話大好きだから、また夢みたら教えてよ」 とだけ伝えた。

 そして私は、こっそりと、彼女がどのようなストレスを感じているのか、探ってみた。
 そこを見極めないと、適切なアドバイスが出来ないと思ったのである。
  Mさんを観察。 相変わらず仕事はスムーズだった。(何が彼女を悩ませているのか)私には、全く分からなかった。
 人間関係でも、みんな新入社員の彼女をとても可愛がっていた。
 ただ一つ、彼女は体調を崩すことが多かった。
 そんな時、常備薬があるようで、薬をのむ為、席を外す。
 何気なくその後ろ姿を目で追っていると、彼女のすぐ後ろに、おかっぱ頭の影の薄い子供が見えた。
 ほんの数秒間だけだった。そしてすぐに消えてしまった。
(あれ、今の子供は何?)
 私は、慌てて彼女のあとを追った。
 Mさんは、休憩室で薬を飲んでいた。
 私が、 「Mさん大丈夫?」 と聞くと、彼女は、 「この前、夢の話したじゃないですか。あれ実は何度も見てるんです。そして段々おかっぱ頭の女の子が、近づいてきてるんですよ。階段を上がったり降りたり、逃げるのが大変で、朝起きたらもう疲れ切ってるんです。へとへとなんですよ。夢なのに変ですよね」 とのことだった。
 実際に、疲れが溜まっているように見えた。
 私自身のことであるが、我が家の後ろに、寺があり墓場が隣接していたので、家の中を縦断していく薄い影とか、小動物の気配などを時々感じていた。
 つまり、我が家の中に多分、霊道があり、通る方々がいらっしゃるということ。
 だから私には、Mさんの後ろに付いて行った子供の何かが、感じとれたのだと思う。

 数日後、帰りにMさんが、 「関係はないかもですが、私の地元の友達のことなんですが、昨日の夜、電話で話したんです。そしたら、その子が、変なことを言うんですよ」
 友達の話 「3月に一緒に自動車学校行ったじゃん。毎回一緒じゃなかったけど、一度さ、夜帰る時、一緒に歩いて帰って、自動車学校の近くのあの墓場の前、通ったでしょ。私が、墓の間に女の人いるって言ったら、Mは見えないって言ったの覚えてる?あの時、本当にいたの。だって、今さ、ずっと私の夢に出てきて、追っ掛けてくるのよ。貞子みたいに髪が長くて、白い服の女の人が、うちらの家の前の道路をひたすら追っ掛けてくんのよ」 というような内容だったそうだ。
 Mさんは、続けて、 「でも、子供じゃないんですよ。大人の女性だったと言うんです。私には、本当に何も見えなかったんですけどね。墓場なんで怖かったけど、暗かったし、女の人どころか何にも見えませんでした」 とのこと。

 まとめると夢の中で、お友達は大人の女性に追っ掛けられて、Mさんは、おかっぱ頭の女の子に追っ掛けられているらしい。
 それで私は、他の人が聞いたら馬鹿げてると思われそうだが、Mさんにある提案をしてみた。
 それは、 「取り敢えず、一回地元に帰って、そのお友達と二人でお泊まりしてみたら。一緒に寝ればいいよ。それで改善しなければ、お祓いしかないと思うよ」 と話した。
 数日後、Mさんは帰省して、お泊まり会を決行した。
 お友達と久しぶりに再会して、話に花が咲き、しゃべり疲れて寝てしまったらしい。
 二人共、全く夢は見なかったそうだ。
 だから、二人が見ていた怖い夢については、その後どうなったのかまだ不明のままである。
 だがこの数日間は、二人共連日熟睡しているとのこと。
 私が、職場でMさんを追い掛けていったおかっぱ頭の女の子を見た時、一瞬だったが、 「ママァ……」 と言う弱々しい声を聞いた気がした。
 それで、何となく思い付いたことであった。
 Mさん達二人が、墓場の前を通った時、子供はMさんに付いて行き、母親は、お友達に付いて行ってしまったのではないかと思ったのである。(お互いに捜してるんじゃないのかな)
 お泊まり会で、上手く再会出来れば、もう彼女達の夢に出てくることも無くなるのではないかと、期待してのことだった。
 そして、お泊まり会で、一つ分かった事あった。
 Mさんの家でお友達と二人、小学校の時の卒業アルバムをめくったそうである。
 そして、小学校の歴史のページに、建替え前の古い木造校舎の写真を発見した。
 Mさんが、夢の中で女の子に追い掛けられた、あの小学校のようだったとのことである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる