畜魂祭

 畜産関係で働く者にとっては無視できない1日があります。
 その年に人間の都合で屠殺されたり処分された家畜の魂を鎮めるための日。
 その日だけは人間都合の殺生は禁止され屠殺場も休みになります。
 これはそんな日に自分都合で殺生を行ってしまった先輩と僕が体験した話です。

 その日僕たちはいつもの様に豚の世話をして、いつものように健康状態をチェックし、そしていつもの様に病畜への治療を行って探していました。
 違うのは出荷等、殺生に関連する業務がその日は組み込まれていないだけ。
午後には石碑の前で鎮魂の儀があるので業務が減ったからといって暇というわけでもなく、割とバタバタと仕事をこなしていました。
 そんな時に、先輩が話しかけてきました。
 内容は「どうにももうダメそうな家畜がいる。本来なら殺生は禁じられた日だがこのまま明日まで苦しませるのも忍びない。俺が処理するから運ぶのだけ手伝ってもらえないか」という話。
 僕は悩みましたが運ぶのだけならと渋々承諾し、誰にも見つからないようひっそりと病畜を処分しました。
 午後からは問題なく畜魂祭も執り行われ何事もなくその日は終わりました。
 異常が起こったのは翌日、先輩の様子がどうもおかしく、同じところをグルグルと徘徊したりボーッと虚空を見つめたり、明らかに普通ではなく、最初はインフルエンザ等を疑い、早退して病院に行く様促して先輩を無理矢理に退社させました。
 夕方、仕事終わりに「結局連絡はあの後なかったが先輩は大丈夫だったろうか」と同僚と話しながら駐車場に向かうと、先輩はまだそこにいました。
 同じところをグルグルと徘徊し、急に車に乗り込んではまたすぐに外に出てグルグルと徘徊し、これはマジでヤバそうととりあえず僕の車で病院に送ることにしました。
 親御さんも駆けつけできたので、後のことは親御さんに任せて僕は帰宅しました。
 深夜2時ごろ、けたたましくケータイが鳴ります。
 こんな夜中に……と思いながら名前をみると、先輩 元気になったのかと電話に出るといきなり「お前も来た方が良い。いや俺だけで良いのかも。分からんけどやはり禁忌だった」と。
 訳もわからないしどうも病院や自宅からの電話では無さそうでした。
 と言うのも、電話の向こうでガサガサと枝か何かをかき分ける様な音が聞こえるし、それ以外は静か過ぎます。
 何処にいるのか?体調は大丈夫なのか?と質問しても答えてはくれませんでした。
 ただあれは俺が悪かったと。俺の責任だからと。
 このまま話していても進展し無さそうだったので、一度電話を切り親御さんに連絡してみると、どうやら先輩は目が覚めると病院を抜け出し、そのまま行方が分からないと。
 既に警察にも連絡してあるようで、急いで僕も捜索に加わりました。
 翌朝、先輩は見つかりました。
 火葬場の前で全身傷だらけの姿で、幸い軽い切り傷程度の怪我でどうやら山を突っ切って一直線に火葬場まで向かったようで、切り傷等はその時に枝で切ったようです。
 その時の先輩は昨晩の電話の時の切迫した雰囲気はなく、晴れやかそうにおはようと挨拶してきました。

 その後、先輩は昨日の奇行が夢だったように元の先輩に戻りました。
先輩はその時のことを詳しくは教えてくれず、ただ「1匹だけ成仏出来なかったんだ。怒って当然だ。だから人がたくさんいるところに擦りつけてきた。生きてなくても人は人だしなあ」とだけ。
 今でも先輩は何事もなく元気に働いています。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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