仏壇にまつわる話

 これは、二十年経って、ようやく一つに繋がった話である。

 二十年前、私は、仕事の関係で、東北のある小都市に住んでいた。
 その時の同僚で、仮にお名前をMさんとしますが、まずは、彼女のまわりで起こった不可解な出来事を記しておきたいと思う。
 Mさんは、出会った時、子供が三人いたが、すでにシングルマザーだった。
 子供達を保育園に預けたり、実家の両親に面倒を見てもらって仕事をしていた。
 このMさんのご主人が亡くなられるまでの経緯が、凄かった。
 Mさんのご主人は、地元企業の会社員として普通に働いていたが、ある日突然、行方不明となった。
 自分の車で仕事に向かったきり、連絡が途絶えた。
 かろうじて分かったのは、会社内でいじめがあったらしいという事だったが、行き先の心当たりがある人は、誰もいなかった。
 Mさんも義両親と相談の上、警察に捜索願いを出し、ご主人の帰りを待った。
 そして約一ヶ月後、本人から突然自宅に電話があり、 「気が付いたら、青森にいた。迎えにきて欲しい」 とのことだった。
 そこは、遠く離れた本州最北端の場所であったという。
 車の中にいたそうだが、ガソリンは空だし、服などはぼろぼろで、裸に近い状態だった。
 Mさんが迎えにいくと、 「殆ど記憶がない」 とのことだったらしい。
 それから、ご主人は仕事を辞めて、自宅アパートに閉じこもるようになった。
 そしてMさんは、生活の為、フルタイムで働かなければならなくなった。
 ご主人の精神状態に不安を感じつつも、仕方がなかったという。 その不安は、どんどん大きくなっていった。
 やむなく子供達の世話をお願いしていたが、真ん中の女の子だけ可愛がり、上と下の男の子は放置して、むしろ、虐待ではないかと疑わしい点が多々あったのだという。
 Mさんが心配し始めた頃、ご主人のある精神の異常行動をまの当たりにした。
 Mさんが、仕事が終わり帰宅して、アパートの部屋に入った時、部屋の中でご主人が、真ん中の娘さんを抱っこして座っていた。
 見ると、その前には、家中から集められたと思われる、カッター、ハサミ、包丁などが、たくさん置かれていた。
 Mさんは、仰天して言葉を失ったものの、娘が泣いたりしていなかったので、冷静になり、「トイレに行かせる時間だよ」 と言って、娘を受け取り、他の男の子二人も連れて、裸足のまま車に押し込み、すぐさま脱出した。
 実の姉にかくまってもらったそうだ。
 そして、義両親に連絡して、そのまま帰らなかったのだという。
 ご主人は、その後すぐ、原因不明の心肺停止により亡くなられたとのことだった。
 それでMさんは、シングルマザーとなった。

 Mさんは、子供三人を連れて実家に戻り、実の両親と共に暮らし始めた。
 しかし今度は、その両親と、些細なことでの喧嘩が続くようになった。
 そしてそれがどんどん酷くなり、険悪な状況となったそうだ。
 それでも、子供三人を抱えて、一人で育てていかなければならない。
 頼れるのは、自分の両親と近くに住む姉だけである。
 私は、夜の時間を利用して、あるスポーツクラブに所属していた。
 そこにMさんも来るようになり、親しくなっていった。
 私に出来ることは、Mさんの愚痴を聞いてあげることぐらいであったが、時々は、私のアパートにも子供連れで遊びにきて、楽しい時間を過ごした。
 ところが、両親との確執は大きくなるばかりで、精神的にもかなり辛かったとのこと。
 Mさんは、我慢に我慢を重ねて数年やり過ごしたが、ある日限界がきて、とうとう家を出た。
 私も引越しの手伝いに行ったが、Mさんが、 「古くてぼろい家だけど、ようやく心が落ち着いたの。これでやっと子供達と安心して暮らせる」 と言っていたのが、今でも忘れられない。
 Mさんが実家を出てすぐに、まだまだ若かった両親が、相次いで病気で亡くなった。
 あっという間のことであった。
 実家は、無人の状態となったのだが、そこで新たな問題が発生した。
 Mさんのお姉さんは、ご結婚されて家を出て、ご主人と子供さんと近くに住んでいた。
 だから、普通に考えるなら、実家には、シングルマザーのMさんが戻れば、家賃もかからないし、家の存続にもなるはずであった。
 ところが、Mさんの姉は、遺産相続の観点から、家の売却を求めたのだそうだ。
 Mさんは、訴えられて仕方なく従うしかなかったとのこと。
 しかしそのさなか、Mさんの姉は、ある日突然、自宅で首吊り自殺をしてしまった。
 家族によって発見されたのだが、 「何で自殺だったのか?」 遺書なども無く、誰にも自殺の原因が分からなかった。
 しかし、警察の介入もあって、明らかに自殺と断定されたのだった。
 Mさんのご主人の不可解な行動と不審死。
 ご両親との異常なまでの確執と早い死。姉の自殺。
 これらの壮絶な出来事を背負いながら、子供三人を育てていたMさんだった。
 私は、再び転勤の為、その地を離れ、Mさんとも離ればなれとなったが、年賀状やメールのやり取りでかろうじて繋がっていた。
 コロナが落ち着き、Mさんに呼ばれて、新幹線に乗り、ようやく再会出来た時、二十年という長い時間が経っていたことに気が付いて、本当に驚いた。
 そして、やはり二十年前のMさんに降りかかった数々の不可解な出来事について、確認したいことがあった。
 それは、霊的な出来事で何か災いをもたらすような出来事が、なかったかどうかである。
 するとMさんは、少し考えてから、 「そういえば、あったよ」 とのこと。
 それが、これら一連の不幸な出来事の原因となるかどうかは不明だが、思い当たることがあると話してくれた。

 Mさんの話。
 まだご主人が、正常な状態だった頃、急にMさんの実家から緊急の呼び出しがあった。
 近くに住む姉と共にMさんとご主人も実家に駆けつけると、家の玄関の前に、高さ人たけ程の大きな荷物が届いていたそうだ。
 それは宅配便の荷物で、設置までの料金は含まれておらず、玄関先お渡しの為、そのまま置いていったとのことだった。
 中身は、なんと仏壇だった。
 Mさんの母親の弟、つまり、Mさんの叔父が所有していたもので、亡くなられた際、古い家も取り壊すことになり、お位牌は息子さんが引き取り、仏壇はMさんの母親が譲り受けたらしい。
 それが、荷物扱いで送られてきたのだが、両親だけでは、部屋の中まで運べず、呼び出されたということだった。
 ご存知の通り、仏壇は、かなりの重量があり、玄関先で荷解きをし、上下二つに分けて、Mさん夫婦、Mさんの姉、Mさんの両親の五人で、なんとか運び入れたそうである。
 その仏壇であるが、宅配便で送る際、「魂抜き」をしていなかったということが、ずっと後になって判明した。
 叔父の息子にあたる方が、まだ若かったということもあり、そのまま送ったそうだ。
「魂抜き」をしなかったからといっても、本来なら何の問題もないとされているし、法的にも規制はないことである。
 だから決して、これが原因でとは言えないのだが、実際には、この仏壇を設置してから、関わった五人の内、四人が短期間で早すぎる死を迎えてしまった。
 仏壇の持ち主の叔父についても病死だったが、早すぎる死だった。
 何か、引っ張るものがいて、連れていかれたのだろうか。
 二十年経って、Mさんからこの話を聞き、その仏壇の行方を確認すると、すでに魂抜きをして処分したとのこと。
 そして、もう一つの大きな疑問について、言葉にしてしまった。
「Mさん、よく無事だったよね」
 すると、Mさんは、 「そうだよね。不思議だよね。私、生きてるよね」 とのこと。
 すると横から、 「あーこの人ね、仕事も趣味も子供達のことも忙し過ぎて、くよくよ悩んだりしてる暇は、無かったんだと思うよ」 と、現在のご主人が、教えてくれた。
 彼は、二十年前通っていたスポーツクラブの鬼(のような)コーチだった。
 私が引越した後に、仲良くなったらしい。
 Mさんが死なずに済んだのは、たくましい三人の子供達と新しいパートナーによって守られたのかもしれないと思わされた。
 二十年経って、私の中でようやく腑に落ちた感じがしている。

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