お化けを喰った話

 私が二十代の頃の不思議な体験です。

 その頃、実家住まいの私は自分の部屋で寝ていると夜中金縛りにあい、脚を持って部屋中引き摺り回されるという事が何度も何度もありました。
 友達が泊まりに来ている時でさえ、引き摺り回され、部屋の大きめの観葉植物の植木鉢にぶつかって顔に葉が擦れる感覚まであるような乱暴な体験をしていて、困った私は離れに部屋をかえて生活していました。
 暫くは何も無く快眠だったのですが、震災があり被災はしていないものの、離れは古いからとまた元の部屋に戻り生活していました。
 そして引き摺り回される日々が再び戻って来て、我慢ならずに両親と部屋を交換してもらい、そこで眠るようになりました。
 それから一年程は目が覚める事も無く快眠だったのですが、ある日夜中に耳に嫌なノイズが遠くから迫って来るような音と共に金縛りにあいました。
 そのノイズがざあっと通り抜けて行く感覚があり、それと同時に全身を小動物の大群が体の上を踏んで通って行った感覚、細かい小さい爪が当たる感触までありました。
 その夜は金縛りが解けてもめちゃくちゃに不快でした。
 その不快な体験がそれから何度かあり、寝不足になりつつありました。
 金縛り中でも顔面のパーツは少し動く為、 「眠られへんやろが!!」 と日々の鬱憤と共にかなり激昂して、金縛り中に叫んだ夜以降、小動物の群れがやって来る事はありませんでした。
 その小動物と金縛りの話を兄にしたところ 「俺ずっと高校の頃から時々脚引っ張られるで?」 とヘラヘラ話す。
 兄には引き摺り回される話はしていませんでした。
「ちょっと待って私脚持って引き摺られるねんけど」
「あ、一緒かも。俺重たいから動かんのかな?」 とまたヘラヘラ笑っていて、 なんやそれ引き摺る奴はあんたの方が先かい!っていうかあんたに憑いてる何かなんちゃうんかい! となんとも言えない気持ちになりましたが、小動物に恫喝が効いたのであれば、もし次に何かあっても強気に行けば追い払える。と心に強く思いました。

 また暫く平穏な日々が続いていましたが、夜中に目が覚めて、久々の金縛りにあいました。
 耳元で 「◯◯……」 と私の名を呼ぶ男の声。
 吐息が掛かる位に近い位置からで、実際に誰かが侵入して来たと思う程だったので、うわぁ!と飛び起き、流石に落ち着いて居られず、灯りをつけてその日は眠りました。

 翌日、兄の仕事先に用事があり仲良くしているオカルト好きな兄の仕事仲間にその話をしていたら、後ろから 「二時半位やろ? 俺も聞いたで……男の声。隣の部屋で彼女とメールしてたから」
 またヘラヘラと笑うのでゾッとしながら何故様子を見に来ない! と腹を立てていました。
 そんなある夜、金縛りにまたあいました。
 その頃はもう日常茶飯事の金縛りに、 心を強く持て。金縛りは脳のバグで、目を開けた時に見えるのは潜在的に怖いと思うものの幻覚……気のせい、見間違えだから!とぎゅっと目を閉じて負けるものかと念じていました。
 いや……でも脳のバグで一番に私が怖いって思うものが形になって見えるんなら見てやろう。
 なんだか強気でもあり好奇心もあり目を開けました。
 横目に見るとベッドの横から黒っぽいもやがたちのぼっています。
 少しがっかりというか、 はあ? はっきりせえや!! そんなんかい!  と心の中でブチギレたところ正面、目の前に大きな灰緑色の男の手がはっきり見えて迫って来ます。
 怖いというより、こんなのが怖いのかと自分が情け無くなったと同時に眠りを妨げられるのが何よりも嫌だった私は、迷わずにその中指に噛みつきました。
 人の指に噛み付いた感触がありました。 そして少し驚きました。
 味があったのです。
 その味は幼稚園で使っていた油粘土とほぼ同じ。
 うわまず!とぺっとした瞬間金縛りが解けて、噛み付いた手はいつのまにかなくなっていました。
 その夜以降金縛りにあわなくなったのは、私が噛み付いたからなのか、直後に兄が結婚して実家を出たからなのかは分かりませんが、お化けは美味しくありませんでした。
 お化けを味わった事はありますか?
 他のお化けはどんな味がするのか、今でも少し気になります。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ


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