「あっ、つながった」
異性間において、このように感じたり、その瞬間を目の当たりにしたことはないだろうか。
私はある。何度もある。
言い換えれば、全くの無関係だった男女が、お互いの存在を強く認識した瞬間のことである。
例えば、小学校六年生の時にクラスの子達とかくれんぼをしていた時、空き教室に入って、教壇の机の下に潜り込もうとしたら先客がいた。
「あっ、ごめん」 と言って他のところに行こうとしたら、その男子に腕を掴まれて、 「一緒に隠れよう」 と言われ、きつきつの場所で、二人で隠れてドキドキしていたら、その男子が私の手を握ってきた。
その時の私には、恥ずかしいとか不快感といったものは一切なく、ただ、目の前の道がパッと開けたような感覚を覚えて、その先に、二人の仲良く微笑む姿が想像出来た。
そもそも私は、足が速くて、天然パーマのその男子が好きで、いつも一緒に遊んでいた。
だから、手を握ってくれたことで、思いが伝わったのが嬉しかった。
言葉で表現すれば、これが、「つながった」 ということ。
ところがその男子は、その翌日から風疹で学校を休み、私も続いて風疹で休み、学級閉鎖になり、ようやく登校した際には、その男子はどこにもいなかった。
それどころか、もう二度と会うことはなかった。先生から 「転校しました」 と言われただけだった。
「さよなら」も言えなかった。
高校生の時、生物の先生と気が合って仲良くなった。メガネを掛けていて、一見堅物そうな感じだったが、実は陽気な人で、話も面白かった。
卒業してからも何回かバイクに乗せてもらって、その先生とは、 「つながった」という感覚はあったが、心穏やかに何でも話せる人のような存在だった。
恋愛感情についても曖昧な感じで、どちらかというと友達感覚に近かったように思う。
そして、そのうち連絡も途絶えて、 「自然消滅かな」 とお気楽に考えていたが、問い合わせがきて、事の重大さに気が付いた。
その先生が、趣味のカメラで昆虫や植物の写真撮影をする為、山へ入ったところまでは分かったのだそうだが、その後、行方不明となり、バイクだけが発見された。
家族の方が、山を捜索するも見つからず、念の為、私の所にも行き先などの心当たりがないか、問い合わせの連絡をしてきた。
当然だが、私には何の情報も無く、それきりとなってしまった。
そして、大学生の終わりに、私の家の近くのバス通りに、カー用品のショップが出来た。
その前を毎日通るうちに、店の販売員の茶髪のお兄さんがいい感じで、ちらちら見ていたら、ある日、お兄さんが丁度車に乗り込んで出掛けるところで、運転席に座ったお兄さんと、ばっちり目が合ってしまった。
その瞬間である。 「つながった」 と思って足が止まり、動けないでいると、お兄さんが車を動かして、一時停止もせずに車道へと飛び出していった。
「あっ、危ない!」
当然のことだが、通りを普通に走ってきた車が、お兄さんの車の運転席に激突し、物凄い音が響き渡って、沢山の人達が出てきた。震えが止まらなかった。
その後、カー用品店は閉店して、ケーキ屋になった。
社会人になり、私は、会社内の数多くの「つながった」を見ることとなった。
それは、社内恋愛だけではなく、不倫関係だったりもした。
二人だけの世界、二人だけの秘密が見えた時、 「この人達、つながってる」 と感じられた。
それだけではなかった。 ある特定の人へのセクハラやパワハラ、或いはストーカー行為についても、 「つながった」 が見えた。
その加害者の一方的な思いであっても、被害者が人物と被害を認識し、 「怖い、気持ち悪い、ふざけんな」 と感じた瞬間、つながってしまうのだと分かった。
最近、私は、会社の近くにあるスーパーの男性店員とのニアミスが続いて、少々不信感を抱いていた。
始まりは、会社帰りにそのスーパーに立ち寄った時のこと。 入口から店内に入ろうとしたら、自動ドアの前で、店の制服を着た店員が、おもちゃのブロックのように差し込まれたカートの束を定位置に戻そうと悪戦苦闘していた。
このままでは埒があかないので、仕方なく、その先端を操作してカートの束が通るようにしてあげた。
その男性店員は、言葉は発せず、ただペコリとお辞儀をして、立ち去った。
それからである。そのスーパーに立ち寄ると、度々、その店員を見かけた。背が高く痩せていて短髪にメガネなので、すぐに分かる。
それが、とても奇妙な行動をするのだ。
私が勝手に奇妙な行動と感じているだけなのかもしれないが、常に、私の前を歩くのだ。
店に入ると、突然私の3メートル位前に現れて、消える。また、少し経つと現れて消える。自動精算が終わって出ると、突然目の前を横切る。
という感じなので、嫌でも私の目に入ってくる。わざと私の目に入るように行動しているとしか思えなかった。
それがかなりの高確率で現れるので、奇妙な行動としか思えないのである。
私が若かったならまだしも、見た目で分かるとおり、若くはないし、その店員もマスク越しではあるが、歳下の30歳位に見えた。
しかし私には、予感があった。
絶対に目を合わせてはいけない。認識してはいけない。 つながってはいけないのである。
だから、スーパーに行く回数も減ったし、行ったとしても下を向いて歩くようになった。
もちろん必ずマスクを着用して顔を隠し、念の為、ヘアスタイルもロングからショートに変えた。
しかし何故か、彼には分かるらしい。早歩きで近付いて来て、私の前に現れて、消える。また現れて、消える。
「バレてる」
いつしか、それは恐怖心へと変わり、これもストーカー行為といえるのではないかと思うようになった。
ある日、買い物はせずにお金だけ払戻ししようと、店内のATMコーナーに立ち寄った。
財布をカバンに入れて、振り返った途端、目の前に彼がいて大変驚いた。
私は、固まって動けなかったのだが、彼は、向きを変えて、すぐ横の店内掲示板の整理を始めた。
言葉は一切発しない。しかしそこは、二人だけの空間となった。
「つながった」 そう感じた。
それから、彼の姿を一切見かけなくなった。
以前なら、遠くからでも、姿を確認出来たのだが、今では、全く見つけられない。
ただ単に転勤とか、または退職しただけかもしれないが、まさか、全く無関係の私が、店の方に彼のことをあれこれ聞くことも出来ないので、一応心配していた。
私のこれまでの経験から、私とつながった人が、少なからず酷い目にあっているのは確かだから。
彼は、どうなってしまったのか。
実は、ここまでの話は、私の親しい友人の美佳さんに聞いた話を、分かりやすくお伝えするため、「私」としてお話ししたものである。
そして、この話には後日談があって、ここからは、「美佳さん」として、お伝えする。
一話目の風疹の男子は、その男子の友人から聞いた話で、症状が重症化してしまい、様々な病気を併発。
大きな総合病院に長期入院となり、それに合わせて自宅も引越しをしたとのことだった。
その後、全回復して、元気になったとのこと。
二話目の生物の先生は、山の中で倒れていたところを、無事に発見されたとのこと。骨折などもあり、動けなかったらしい。
携帯電話も無かった時代である。翌年のお正月に年賀状が届いて、美佳さんも詳細を知ったそうである。
恋愛関係については、やはり「自然消滅」だったということである。
三話目のお兄さんは、カー用品店のお兄さんから、パティシエのお兄さんに変わっていた。
つまり、カー用品店から商売替えして、ケーキ屋になり、パティシエとして、働いていた。
美佳さんが、その店にケーキを買いに行って、元気に働くお兄さんを見かけたそうである。
最後のストーカー店員だが、美佳さんは、確認出来なかったが、私は、そのスーパーに知り合いがいたので、簡単に聞き出すことができた。
それによると、その店員は、すでに死亡していた。
「すでに」と言ったのは、つまり美佳さんと最初に接触した直後、彼は、自転車通勤していたそうだが、通勤途中での車との接触事故で亡くなったとのこと。
だから本当なら、美佳さんとのスーパーでのニアミスは、ありえないはずであった。
それなのに、美佳さんは、スーパーで何回も接近されていた。
美佳さんは、この世の人ではない人ともつながって、消してしまったということなのだろうか。
それとも、美佳さんが気が付かなかっただけで、一番最初にカートのトラブルで、その店員と会った瞬間、つながってしまったということだろうか。
その店員が亡くなっていたことは、美佳さんに伝えていない。
恐怖を感じるほどのストーカーもどきであったし、曖昧なままの方が良い場合もある。
美佳さんに、私がこれまで何度となく、 「だれか紹介するよ」 と言っても、 「無理だから、一人がいい」 と言っていたことが、ようやく理解できた。