ぎゅうぎゅう詰め

 友人のMさんから連絡がきて、仕事の帰りに待ち合わせた。
 彼女は、仕事での出張が多く、北海道、東北、関東の間を常に行ったり来たりしていた。
 そして時々、有名店のお菓子などをお土産として買ってきてくれた。
 実は少し前に、彼女の母親が、入院されていた病院で、亡くなられた。
 入院期間が長引くにつれ、彼女の心の中では、母親の死に対する覚悟がほぼ定まって、最後は冷静に受け止められたという。
 葬式後も早々に仕事に復帰して、関東方面に出張していたとのこと。
 そのお土産だったのだが、私は内心では、 (亡くなられた母親の話がしたいのかな) と思って、待ち合わせ場所に急いで向かった。
 案の定、Mさんは席につくなり、母親の葬式の時の話を始めた。
 葬式は全て神奈川県で行われたため、私は参列出来ず、この時に詳細を聞くことが出来た。
 そして最後にポツリと、 「父親が亡くなった時は、夜中に会いに来てたけど、母親はまったく来ない。最後は会話も出来なかったの。一度でいいから会いに来て欲しい」 と言うのである。
 私が、 「それはどういうこと?」 と聞くと、いきなり、もの凄い早口で話し始めた。
「私ね、ハタチの時に目の前で交通事故を目撃してから、なんかね変なものが見えるようになってね。あの時も道路に倒れてた女の人をじっと見ていたら、ファーって浮いて、それがさ、こっち向かって突進してきたのよ。 (うわぁー) っと思ってのけぞったら、何となく身体の中に入ってきた感じがして、もの凄く気分が悪くなって、動けなかったんだけど、 (ダメ、ダメ、ダメ) と思ってたら、スッと楽になったの。でもね、それからずっと死んだ人が見えるようになっちゃって大変なのよ」 と言うのである。
 これには驚きだった。
 だから、 「なんで言わなかったの?私、実は、怖い話大好きなんだよね。今までそんな話、一度もしなかったじゃない」 と言うと、 「だって怖い話すると、変な人みたいな扱いされて、みんなに敬遠されちゃうのよね。だから、黙ってたのよ」 とのことだった。これには納得である。
 それで急遽、Mさんの怖い話を聞くことになった。
< Mさんの話 >
 Mさんの仕事は、病院関係の仕事で出張が多く、総合病院から個人病院まで数多くの病院を担当していた。
 病院なので、当然だが人が亡くなることもある。
 殆どの人には、霊体など、見えないし何も感じられないだろうが、Mさんは違う。
 ある時、仕事で病院の地下にある保管庫に入ったら、さっそく何かの気配を感じたそうだ。
 照明を点けて、ようやくスーツ姿の半透明の男性が認識できたが、急に後頭部に痛みを感じてうずくまると、自分の頭のてっぺんから何かが入ってきた感覚を覚えた。
 吐き気とめまいに襲われて動くのもやっとだったが、這いずって部屋の外に出ると、Mさんの身体に入り込んでいたものは、頭のてっぺんから抜けていったそうだ。
 病院には必ずこういった保管庫がある。
 備品庫だったりカルテ庫だったりと様々だが、そこには、必ずといってもいいほど、留まる霊体がいるのだという。一体の時もあれば四体いた時もあったそうだ。
 そして更に、ある大学の地下にある動物試験場を訪れた時のこと。
 建物も古く、まるで廃墟のような雰囲気だったので、Mさんも覚悟して階段を降りると、空気が変わったという。
 しかし、仕事なので、仕方なくドアを開けて入ると、照明を点ける間もなく目の前に何かがうずくまっているのが分かった。
(うわぁ、なんかいる) と身構えたが、そこは、動物試験場だったので、最初は動物の霊だと思って、それほど恐怖心も無かったそうだ。
 しかしそれは、よく見ると髪の長い女性で、顔を床にうずめるような形で丸くなっていた。
(うわぁ、やばい) と思って、慌てて逃げようとしたが、Mさんは、再び後頭部に痛みを感じて、そのまま気を失ってしまったという。
 数分で意識が戻り、何とか自分の車に戻り、落ち着きを取り戻したが、身体のだるさは抜けず、近くに神社があることを思い出して、そこに向かったそうである。
 神社でお清め水を頭から振りかけて、ようやく楽になって、無事に帰れたとのこと。
 Mさんの中に入ってくるものの正体とか感情とか思念などは、いっさい分からない。
 Mさんには、頭痛と吐き気などの気持ち悪さがあるので、体力的に激しく消耗するらしい。
 また、これまで2回ほど、Mさんを含めた数名で、関西や四国方面へ旅行したことがあった。
 その際も宿泊先で度々Mさんが頭痛を訴えたので、 「そういうことだったのか」 と改めて納得した。
 きっと何かが宿泊先にいて、Mさんに取り憑いて悪さをしていたのだろう。
 Mさんにとっては、楽しい旅行ではなかったのかもしれない。
 ところでだが、私には一つ、Mさんに確認したいことがあった。
 それは、私がMさんの家に遊びに行った際、最初に驚いたことだが、Mさんの部屋のそちらこちらに、高さ五十センチ程のプラスチックの食品の保存用の容器が沢山あり、よく見ると、それは全部『梅干し』だった。
 その大量の梅干しが、なんで、台所とか納戸とか物置きではなく、Mさんの部屋に大量にあるのか気になって聞くと、その時は、 「私が全部一人で食べるの」 と言っていた。
 だから、 「Mさんの部屋に、梅干し大量にあったでしょ。あれ、何か関係あるの?」 と聞いてみた。
 すると、 「するどいね。あれ、私なりの浄化なの」 とのこと。
「梅干しを食べて、お祓いしてるの?」 と確認すると、 「まあ、そんなとこかな」 と言う。
 それで私が、 「だったらさ、Mさん、亡くなったお母さんが、全然会いに来てくれないって言ってたけどさ、梅干しのせいじゃないの?梅干しがあんなに沢山あったら、近寄れないかもよ。今ならまだ、四十九日に間に合うんじゃない」 と言うと、Mさんは、 「ああそうだね、そういうことだね。気が付かなかった」 とのことだった。
 私達は、近いうちの再会を約束して、帰宅した。

 ここからは、後日、再会した際に聞いた話であるが、その日Mさんは、さっそく家じゅうの梅干しを全部集めて、外の物置きへと移したそうだ。
 Mさんは、 「これでようやく母親に会える」 と思ってベッドに入り、その時を待ったが、疲労のせいか、すぐに寝てしまったそうだ。
 そして、夜なか、金縛り状態で目が覚めた。
(身体が動かない。頭が痛い)
 かろうじて目をあけると、そこには、常夜灯の薄明りの中、異様な光景があったのだという。
 ベッドの周りに、形の整わない薄い人の影が大勢いて、ゆらゆらとうごめいていたそうだ。
 男女の区別はついたが、あまりにも沢山いて、一人一人をじっくり見る余裕はなかったという。ただし頭痛が続いていたので、何ものかがMさんの中に入り込んでいたことは間違いなかった。
 Mさんは声も出せず、ただ気持ちだけで、もがいていたそうだ。 その時、廊下から二匹の飼い犬の鳴き声が聞こえて、ペット用の出入り口から、飛び込んできたのがわかった。
 犬達は、吠えながら部屋中駆けずり回り、Mさんのベッドの上に飛び乗ってきた。
 そこでようやく、Mさんの金縛りはとけたのだそうだ。
 頭痛もおさまり、飛び起きて周りを見ると、部屋中を埋め尽くしていた影達は、跡形もなく消えていて、そこには、Mさんと飼い犬二匹だけだったそうだ。
 翌朝、Mさんから電話があり、 「もうね、ぎゅうぎゅう詰め!凄かったの!梅干し最強!梅干しの結かいに守られてたのよ!あの中に母親がいたかどうかは分からないけど、もう無理だわね。あきらめたよ。成仏してくれるように祈ることにしたから」 とのことだった。
 そして最後に、Mさんは、 「家の中で幽霊を見なかったのは、飼い犬達のおかげかもしれない」 と話していた。
 梅干しが、本当に盛り塩の役目をしていたかどうかは不明だが、梅干しの作り方は、Mさんが母親から教わったもので、毎年欠かさず、新しい梅干しを作るとのこと。
 Mさんは、梅干しに宿った母親の念によって守られていたのではないかと思う。

 最後に申し訳ないが、私がこれまでMさんに、どうしても話せなかったことを記しておきたいと思う。
 それは、Mさんが私に会いに来ていた時、ひと目で分かるくらいに、ちょっとずつ顔が変わっていた。
 全体を見てMさんだと認識していたが、毎回、顔つきが微妙に違っていた。
(なんか違う) 痩せたとか太ったということではない。
 顔の骨格だったり、目つきだったり、鼻や口の形だったりもした。
 それでいつも、私は、 「Mちゃん、疲れ溜まってるね!顔が大変なことになってるよ」 と言ってからかっていた。
 梅干しで祓いきれずに、何かが取り憑いた状態だったのかもしれない。
 そして病気になって、入院もした。
 本当に大変だったんだね。 からかってごめん。

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