秘密基地

 僕の小学校は都内の、中心地を少し外れた郊外にあった。
 学校にはお世辞にも大きいとは言えない校庭しか付いておらず、放課後、僕たちはよく学校のそばにある公園で遊んでいた。
 小さな丘に位置していた公園には、ちょっとした林や起伏があり、かくれんぼや缶けりをして遊ぶのにうってつけだった。

 高学年になる頃だろうか。僕たちが特に熱中したのは、自分たちだけの秘密基地作りだった。
 広い公園には、人気のない場所がたくさんあって、僕たちはその一角に木の枝や古い布を使って基地を作った。
 親がスーパーの店長で、秘密基地に使える端材をよく運んできたA、裕福な家で、秘密基地に置くマンガやお菓子を持ってきたB、家庭事情が複雑で家にいられないのか、遊びに誘えばいつでも来たC、そして僕の4人が、秘密基地の事を知るチームのメンバーだった。
 夏休み前に秘密基地はあらかた完成し、僕たちは夏休みの間、ことあるごとに秘密基地で一緒に過ごした。
 自販機で買ってきたジュースを飲みながらマンガを読み、たわいもない話で盛り上がっていると、何だか親からも学校からも自由になったように感じ、少し大人になった気がしたものだった。
 夏休みが終わりに近づき、新学期が始まろうとしていた頃、基地で少しずつ不思議なことが起こり始めた。
 最初は小さなことだった。基地の中に見覚えのないおもちゃが置かれていたり、僕たちが触っていないものが勝手に動かされていたりした。
 最初、僕たちは冗談で済ませていたけど、その奇妙さは日ごとに増していった。
 飲み物とお菓子の残骸が秘密基地に残っていた日には、僕たちはもう冗談を言う気にはなれなかった。 僕たち以外の誰かがこの基地を見つけていることは明らかだった。
 誰も口に出さなかったが、いつか、ここを見つけた誰かに出くわしてしまうのではないかと、僕たちは怖くて仕方なかった。
 飽きてきたという取ってつけたような理由で、友達は少しずつ秘密基地に足を運ばなくなっていった。
 それでも、僕は時折一人で秘密基地に向かった。親は共働きで家には誰もいなかったから、家に帰るよりも基地で過ごすほうが落ち着いたのだ。

 ある日、夕暮れ時に秘密基地に行くと、床の中心にぽつんと、見覚えのない小さなきんちゃく袋が落ちていた。
 見覚えのないものが基地に置かれているときは、僕たちはいつつもできるだけ遠くへ投げ捨てていた。
 それでこの時も、その袋を投げ捨てようとしたのだが、それは見かけよりもずっしりと重い袋だった。
 袋の中を覗いてみると、数え切れないほどの100円玉が詰まっていた。5000円はくだらないだろう。
 よく見ると、袋のそばにも100円玉が落ちており、基地の外、落ち葉の幾らか落ちる地面の先にも100円玉がぽつぽつと落ちているのが見えた。
 1年分のお小遣いより多いかもしれない……。突然の発見に胸が高鳴った。
 この先を追ってもっと100円玉を手に入れようか。それとも、 交番に届けた方がいいんだろうか……。
 でも、このことを他のメンバーに言わないのは何だかずるい気がした。
 僕は証拠に5枚ほどの100円玉をポケットに入れ、基地に置いてあった、お菓子入れの大きな缶の中にきんちゃく袋を隠し、なぜだか分からないが、誰にも気づかれないように、音をたてないように帰宅した。
 次の日、僕は秘密基地のメンバー、A、B、Cを廊下に集め、ひそひそ声で昨日の大発見を報告した。
 みんな最初はあの基地に戻ることに乗り気ではなかったが、僕がポケットに入った100円玉を見せると、AもBもCも途端に乗り気になった。
 早速その日の放課後、3時半に基地のある公園の入り口で集合ということになった。
 あの袋、周りに落ちていた100円玉はまだ残っているだろうかと、僕は授業中もそのことばかり考えていた。
 帰りの会が終わると、僕はBと一緒に一目散に公園に走っていった。
 隣のクラスは先に帰りの会が終わったらしく、Aはすでに来ていたが、Cはまだのようだった。
 3時半になっても、4時になっても、Cは来なかった。
 もうあいつは置いてこうぜ、俺たちだけで分配な、と言いながら僕たちは基地に向かったが、そこにはあのきんちゃく袋も、周りの100円玉も残っていなかった。
 嘘つき呼ばわりされた僕は、帰り道の駄菓子屋で、ポケットにあったあの500円でAとBにアイスとお菓子をおごり、それでなんとか許してもらった。
 翌日、Cは学校に来なかった。
 何日か経って、Cは行方不明になったという噂だった。
 警察が学校周辺の防犯カメラを確認したところ、基地のあったあの公園の遊歩道で、Cが何かを拾いながら歩いている姿が映っていたようなのだが、それ以外の手がかりはなかった。
 僕はあの100円玉が関係している気がしてならなかったのだが、おおごとになるのが怖くて誰にも言い出せなかった。
 不審者が関係しているかもしれない、ということで、学校も近所も騒然となった。
 通学は大人を伴った集団登校になり、公園で子どもだけで遊ぶことはもちろん、一人で外に出ることさえ禁止された。
 でも、僕はどうしても最後に一度だけ、あの秘密基地に行きたかった。
 思い出のある基地にお別れが言いたかったし、Cに関係した何かが残っているかもしれないとも思った。怖かったが、どうしても行かないといけないような気がした。
 下校してから親が仕事から帰るまでの時間、夕方、僕は一人でこっそり基地へ向かった。
 子どもの声のしない公園はひっそりと静まり返っていて、まるで知らない場所に来たようだった。
 秋の夕日が木々の間から漏れ、遊歩道に長い影を作り出していた。
 その途中で道をそれ、落ち葉を踏みながら秘密基地に向かう。足音がやけに大きく響くような気がした。
 僕らの基地は、落ち葉が床に散らばっているものの、あの時とあまり変わらずに残っていた。
 きんちゃく袋を入れたあの缶。あの日も袋は中に無かったし。もちろん今日も袋は無い。
 でも、前回は見なかった紙切れが入っていた。
 紙には大人の字でこう書かれていた。
「ひとりで拾いに来なくてよかったなお前 C」
 僕は全速力で家に走り帰り、布団の中で震えながら夜を過ごした。
 頭から布団をかぶっていても、夜中ずっと誰かが見ているような気がした。 もちろん何も起こらず、朝になった。
 寝不足もあり、また昨日見たものをAとBに伝えるか悩んでいたこともあり、朝ごはんがまともに喉を通らなかった。
 でも父さんも母さんもそれに気づくこともなく、いつものように僕より先に仕事に出かけて行った。
 考えが決まらないまま学校に行こうと玄関を出たとき、足元に何かが落ちていることに気づいた。
 見ると、ぽつ、ぽつ、ぽつ、と100円玉が5枚、間をおいて落ちていた。
 僕はその場に立ち尽くした。 このことはあれから誰にも話していない。
 Cの行方はわからないままだ。

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