ジバリッシュ

コミュニケーションが得意だ! という方、いらっしゃいますか?
初対面の人とでも直ぐに打ち解け、会話を盛り上げる事ができる方。
おぉ、そこの貴方!お得意でいらっしゃる? ……いやぁ、それは羨ましい限り!
是非ともその秘訣をご教示願いたく存じます。
と、申しますのも、私は、正直苦手なんです。
どうにも緊張しちゃいまして、何を喋ったらいいのか分からなくなっちゃうんですよね。
でも、そんな私たちの強い味方は “ソラの音” ドレミファソラシド♪の “ソ” と “ラ” 。
軽妙なトークを展開する事が出来なくとも、 普段より少し高めの声で挨拶をしたり、
相槌を打つことで相手に少なくとも悪い印象を与えない効果があるそうです。
このように言葉の内容もさることながら、
口調、声の高さや喋るスピードもコミュニケーションの重要な要素なのですね。
さて、話は変わりますが 私は昔、お芝居の学校に通ってたことがございました。 俳優の養成所です。
そこで、怖い話が大好きな私は、生徒や講師の方々に
「怖い話ありませんか?」 お稽古がてら、聞いて回っていたんです。
そこで聞いたお話を一つ。
その講師の方は非常に優しい方でお名前を 安元さん というんです。
この安元さん、今でこそ非常に優しく、穏やかな口調で演技指導されるタイプの演出家さんなんですが、
お若かった頃は、灰皿やパイプ椅子が宙を舞い、怒鳴り声のきこえない日は無い。
それはそれは厳しい指導をされる方だったそうなんです。
その安元さんの授業に 『ジバリッシュ』 というのがあるんです。
難解すぎる、 理解できない、 ちんぷんかんぷんな話、 という意味のスラングだそうなんですが、
どの世界にも存在しない滅茶苦茶な言葉、
例えば、
「モルモルノッター!!ナチャルッペロエベベ?ポチャマルモサモサー(^^)」
この全く意味を成さないデタラメな言語を話しながら、
表情や声の調子を使って、明確に意思を疎通する。そういうレッスンなんです。
お芝居も会話によって成り立っております。
冒頭に申し上げました通り、言葉の意味もさることながら
声の高低や語勢というものは会話の重要な要素なのです。
しかし、これが、なかなか上手く出来ない女の子が居たそうなんです。
当時めちゃくちゃスパルタな安元さん、これでもかと罵詈雑言の嵐でダメ出し。

「なんでできねぇんだ!」
「芝居なめんな!」
「やる気ねぇなら今すぐ故郷に帰れ!」
「明日までに出来なかったらどうなるか分かってるんだろうな!!」
とてもではありませんが口にするのも憚られる事も言ったそうで……女の子相手に酷い話です。
最後に稽古場の鍵を叩き付けて
「今日おまえ帰るな、俺はもう帰るけど、お前は朝まで練習しとけ」
ただ実際には、安元さんに彼女を拘束する権利はないわけです。
むしろ稽古場に居座られるのは困る。
だから、そうは言ったものの、 夜、安元さんは稽古場を見に行ったそうなんです。
外から見るかぎり、電気がついてない。
(あれ!?あのガキ帰りやがったな!!)
なんとも理不尽な話ですね。 一応稽古場の扉あけてみる、と、開いた。
(うわ、鍵開けっぱなしで帰ったのかよ) と、なりますと、
防犯ために稽古場を見回る必要があります。
安元さん、稽古場に入っていった。
電気のスイッチを探して手探りしていると ふと、暗闇の中から声がする。

「……と… …して……る ……や……ぶ…ろ……る……すも……こ……やる……」

例のあの子がジバリッシュの練習をしている
(あれ、あいつ要るじゃねぇか 電気もつけないで練習してんのか きもちわりぃ奴だなぁ)
「おーい、もう帰れ!!」
「…して…る……や…と……し……やる……」
聴こえていないようで、ひたすら暗闇の中で、ぼそぼそぼそぼそ言っている。
カーッと頭にきた安元さん、 電気つけないまま暗闇の中を声のする方にずかずか歩いていって、
気配に向かって 「おい!」 肩なりに手を置こうと思ったんですが、スカッと、手が気配をすり抜けた。
あれ?!と思った途端、耳元で
「 安 元 ぶ っ こ ろ し て や る ! !」
翌日から、その子は稽古場に来なくなったそうです。
後にご家族から連絡がありまして、ちょうど、あの日ご自宅で自傷行為を図っていたとの事でした。
幸い命に別状はなかったそうなんですが、
そんなことがあってから、少しずつ、生徒に優しくなっていったそうです。
安元さんは、ゆったりと柔らかい声で語ってくださいました。

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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