招待状

夕焼けが空を赤く染める。

音楽室からは合唱の練習の声が聞こえていた。

私は伴奏のピアノに耳をすます。

ちょっと変わった話し方をするリヒトくんのピアノだった。

ものすごく頭が良くて、高校は遠くの学校に行くとか。

ピアノも上手だけど、運動は全然ダメだった。

あと、苦手なのが会話で、みんなから浮いていた事もあった。

同じクラスになった時は変な子だなと思っていた。

偶然、近所の小さなお菓子屋さんで会うまでは。

放課後、部活や練習が終わってから、ピアノとスイミング、書道教室に通っていると、リヒトくんは言った。

「ご飯、食べる時間も、ないから…ここで、お菓子、買っていくんだ」

消え入りそうな声で、時々詰まりながらそう話すリヒトくんは、思っていたほど変な子じゃなかった。

それから少しずつ友達になって、リヒトくんは私を深央さん、と呼んでくれた。

クラスメートなんだからとも思ったけれど、なんだか悪くないと思えた。

冬休みに入ってから、おつかいの途中でリヒトくんに会った。

いつものようにレッスンバッグを肩にかけて、ぼんやりとバス停に立っていた。

「今からピアノ?」 そう声をかけた私に、リヒトくんはゆっくり振り返る。顔色は真っ青だった。

でもリヒトくんは習い事を休むことは許してもらえないのだと聞いていた。

一回も学校を休んだことも無かった。

「深央さん、ちょうど、良かった。これ…」

癖のある字で招待状をと書かれた封筒を、リヒトくんは取り出した。

「明後日、発表会が、あるんだ。来てくれる?」

今にも倒れそうなのに、リヒトくんはそんなことを言った。

だから、大丈夫なのかな?と思った。

でも、家に帰ってエコバッグの中を探しても、貰った封筒は見つからなかった。

もう一度チケットを貰おうと思ったけど、彼の家は知らなかった。

だから、悪いなと思ったけど、結局リヒトくんの発表会には行かなかった。

その夜、家に電話があった。リヒトくんのお母さんからだった。

電話には母が出て、ずいぶん小さな声で話していたけれど、しばらくして電話を切ると泣きながら私に言った。

「リヒトくんが、亡くなったって……」 私はびっくりしたと同時に、なんとなく〈やっぱり〉と思った。

バス停で会ったとき、ずいぶん具合が悪そうだったから。

でも、母の話は少し違った。

「冬休みに入ってすぐ、入院していたそうよ。何日か前から眠っていたままだったんだって」

リヒトくんのお葬式には、学校の誰も呼ばれず、ご両親も引っ越していったらしい。

高校生になった春、ある日、家のポストに招待状と書かれた封筒が届けられた。

あの日、リヒトくんがくれて私が無くした封筒と同じものだった。

母はリヒトくんの家族が入れてくれたんだろうと言った。

でも、私はリヒトくんが探してくれたような気がするのだ。

封筒の表には、まるで切手みたいに桜の花びらが張り付いていた。

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