関東某市の中華料理店

これは学生時代にクラスメイトから聞いた話です。

クラスメイト(以下、『A』)は学生のころに

関東某県某市のとある中華料理店でアルバイトをしていました。

その中華料理店は4、5階建て雑居ビルの1階にあり、

夜の22時頃まで営業している小さなお店でした。

ある日のことです。

いつものようにAと同僚のアルバイトのBが

協力して厨房の掃除と店内の後片付けをしていました。

店長はその日の売上の勘定のためパソコンと格闘しています。

いつもであれば、アルバイトと調理長が先にお店を出て

店長は最後まで残ってお店の戸締りをするのが慣わしでした。

ところがその日は用事があるとかで

店長が「今日は早めに帰る」とスタッフに告げるなり先に帰ってしまいました。

調理長も先にあがるので戸締りだけしっかりしておいてね、

とAとBに告げてから帰宅しました。

戸締りと後片付けが終わったAとBは

今日は客が多くて疲れた、とかオーダーミスが1個もなくてよかった、

とグダグダしゃべりながら帰る支度をしていました。

そのときです。

(……ぎぎぎ……ぎぎぃぁ………ぎぎぃ)

お店のユニフォームを脱いで普段着に袖を通しているとき、

Aの耳に何かが聞こえました。

「……今の何?」

「え?何が?」

Aがピンと立てた人差し指を口にもっていき「静かに!」のジェスチャーをします。

二人は物音を立てないように耳を澄ましています。

(……ぎぎぃぁ………ぉぎぎぎ…)

どこから音がしてるんだろうか、とさらに耳を澄ますと、

どうやら天井の方(つまり、2階)からその音が聞こえてくるようです。

(…ぎぎぃ……おぎゃぁああああ!……うぎゃぁああ!…)

更に一段と大きくなった音が天井から店内に響きました。

ㇵッとしてAとBは顔を見合わせました。

『音』というよりも『赤ん坊の泣き声』だと直感的に思った、

とAはそのときの感想を語ってくれました。

「これ、2階から……?」

「たぶん……」

「2階って誰か住んでたっけ……」

「たしかこのビルの2階って空きじゃなかった……?」

この雑居ビルは、1階が自分たちの勤務している中華料理店で

3階より上の階はIT系や整体系などの会社が入っていました。

2階は空きのフロアでした。

互いの顔をじっと見つめあうAとB。

不安と恐怖の入り混じった表情が二つ。

「…早く出よう」

「……そうだね」

急に怖くなったAとBは慌ててお店を出てそのまま帰ったそうです。

次の出勤日。

先日の出来事がどうしても頭から離れなかったAは、

店長に2階のことやこの雑居ビルのことを聞いてみようと思い、

さりげなく話に水を向けてみました。

「2階?あそこは空き部屋だよ。どしたの?」

先日店内で体験した出来事を店長に全て話そうかと思いましたが、

予想した通りの答えが返ってくるかと思うとそれも怖い。

話すべきかどうかAがモジモジしていると、

Aの表情から何かを察したのでしょうか、店長が

「……あ、そうだ。ちょっと用事してくるから店を見といてね。」

そういって店長はそそくさと外に出ていきました。

Aはあの出来事について店長に聞くことができず、

また、店長もこの件について何も語ろうとしませんでした。

調理長の方は数週間ほど前にこのお店を辞めた調理担当者の代わりに

入ってきた新任だったので

この建物の過去や2階のことについては知る由もありません。

結局あれが何だったのか分からないままうやむやになったそうです。

あの出来事から2週間後、Aはその店のアルバイトをやめました。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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