私の地元にはSトンネルという、明治時代に竣工した古いトンネルがある。
私が中学生の時、中年の先生が「大学時代に肝試しをした思い出」を話していたため、心霊スポットとしても長い歴史があるようだった。
また、「白い着物の女がでる」「昔亡くなった作業員の姿が見える」「車で行くと悪いものが付いてくる」等、そのトンネルの噂話は高校、大学と進学しても知らない人はいなかった。
二年前の夏。
大学生だった私を含む5人のグループでSトンネルに行こうという話になった。
特に深い理由はなく、夏だから心霊スポットに行こう、と軽いノリで提案されたものだった。
その話を持ち出したのがKだったこともあり、私を含む5人はKの車でSトンネルへ向かった。
私は、先述した「車で行くと悪いものが付いてくる」という話を知っていたが、山の中心にあるようなSトンネルへ向かう手段は車かバイクに限られているため黙っていた。
トンネルに着いたのは深夜1時頃。
周りに街灯はほとんどなく、唯一車のヘッドライトだけがその道を照らしている状態が続いていたため、車内は不安を消すように無理に明るい話題で盛り上がっていた。
しかし、その会話もトンネルを眼前に捉えた途端に途切れることになる。
SトンネルはKの車では通行できないほど道幅が狭く、尚且つトンネル内に明かりがなかった。
どこまで続くのか目視できないこのトンネルを通るには車を降りていかなければならない。
トンネルの怪談といえば「窓の外に女の顔が映った」や「車のボンネットに無数の手形が付いていた」というものを想像してたため、車を降りることになった途端私は帰りたくなっていた。
しかし、この中で唯一大して怖がる様子を見せなかったKが、スマホのライトをつけて誰よりも早く車を降りたこともあって、私たちは渋々それに続いた。
トンネルの中はさして特別な感想は出てこなかった。とにかく暗く、狭く、怖い。
Kを一人先頭にし、残りは二列で続いた。
私は最後尾の右側を歩き、スマホの明かりで主に自分側の壁を照らしていた。
自分達の足音に時々驚きながら100m程進むと、Kが突然口を開いた。
なんでも、Kは時々バイクでこのトンネルを通るのだという。
さすがに昼から夕方の間にしているらしいが、壁にスプレーの落書きがあったり空き缶が落ちているところからして、ある程度人の通りがあるのだと見ている、と言っていた。
だからといって心霊スポットと噂されていることに変わりはないが。
大方、そのようなことを話していた。
「おいっ!」
Kの話を遮るように、突然トンネルの奥からそんな大声が聞こえた。
若くない、男性の声ということしかわからない。
私たちは突然のことで驚き、その場で立ち止まる。次に聞こえたのはこちらに向かってくる足音。
ザッザッザッザッとコンクリート上の砂を踏む音を聞くに、走ってきている。
その瞬間、私の隣にいた友人が一目散に反対方向へ逃げだした。それを皮切りに私と二列目の友人、最後にKと言う順でそれに続く。
私は叫び声などは出せず、息を止めて全速力で走った。
心臓は今にも止まりそうだった。
最後尾のKが「すいませーん!」と叫んでいたことは覚えている。
その後、急いで車に乗りこみ、全く焦らずに車を出すKに怒りを覚えながらそれぞれの家路についた。
後日Kから聞く話によると、あのトンネルの出口のすぐ近くに一軒の民家があり、普通に人が住んでいるらしい。
いつかKがトンネルを通った時、たまたま外にいた家主に話を聞いたのだそうだ。
この地域では有名な心霊スポットであるだけあり、私たちのように深夜に肝試しにくる人が後を絶たないのだという。
昼に何気なく話を伺った時ですら、家主は不機嫌そうな、うんざりした顔をしていたらしい。
あの夜、私たちが騒いでいたことを聞きつけて注意しようとしていたのではないか、というのがKの見解である。
私自身「何か連れてきたのではないか」とかなり怯えていた節があったので、その説明に安堵してこのSトンネルに行ったことすら一つの思い出として風化していた。
この話を思い出して恐怖したのがつい三週間前。
現在、一人暮らしを始めたKのアパートの前で、深夜に「おいっ! おいっ!」と叫び声をあげ続ける見知らぬ男性が、月に数回出現するという連絡を受けたからだった。