手首の傷

第三者から見ると、そんなに怖くないのかもしれません。

ですが、私にとってはとても怖く、とても悲しい出来事でした…。

私は4人兄姉の末っ子で、上3人とは結構歳が離れていました。

そのためか、兄姉喧嘩などもしたことがなくとても可愛がられていました。

なかでも1番上の姉とは特に仲が良く、よく姉の家へ泊まりに行ったり、ふたりで買い物に行ったりしていました。

その日も、いつものように姉の家へ泊まりに行っていました。

姉は私の手の感触が好きらしく、よく私の手を握ってくれていました。

手のひらのマッサージと称して、その感触を堪能していたようでした。

私もそれが気持ちよくて、よくマッサージをせがんでいました。

その日の寝る前もいつものようにマッサージをしてもらっていました。

手を触られながら眠りに落ちる、その感覚が私には心地よく、ウトウト……。

姉は、なにか話しながらマッサージをしてくれているのですが、

すでに睡魔のせいで意識がはっきりとしない私には、姉が何を話しているのかわかりませんでした。

「……は、………かなぁ?……」

薄れ行く意識の中で、何か質問をされていることは分かったのですが、それが何なのか分からず、

私はそのまま眠りに落ちてしまいました。

私は夢を見ました。

いつものように、姉と買い物に行き、お互いの相談事や他愛ない話をしながら姉の家へ帰る夢。

寝る前のマッサージをしてもらいながら、笑い話をする。

その時、ふと姉の顔がなんとも言えない、悲しそうな表情になりました。

「もし私が死んじゃったら、あんたは私のこと…忘れちゃうのかなぁ?」

「何、変なこと言ってるの?忘れるわけないじゃん(笑)」

その時は姉がなぜそんなことを言うのだろう?くらいにしか考えていませんでした。

寝ぼけまなこの私がそう答えると、姉はただ微笑んでマッサージを続けるだけで、その時の夢はそこで終わりでした。

その数ヶ月後、私が高校1年の頃です。

姉は自殺しました。

自宅マンションからの飛び降りでした。

なんで?どうして?

突然いなくなった姉に、私はただただ疑問ばかりでした。

あんなに仲が良く、何でも話すような仲だったのに。

なんで何も言わず死んじゃったの? 頭がついていかず、葬儀中のこともあまりよく覚えていません。

それからしばらくは、何をするにもやる気が起きませんでした。

遺品整理をするために姉の部屋へ行きましたが、何も手につきませんでした。

ですがいつまでも落ち込んでるわけにもいきません。

気持ちを切り替え、考え方を変えて姉のことを思い出さないように、明るく振る舞っていました。

そうしないと私自身ももたなかったし、何より家族が心配するからです。

しばらく経って、だいぶ気持ち的にも楽になり、姉の死を思い出さなくなってきたある日のこと。

自室で寝ていると夢を見ました。 その夢には、ひとりの女性が出てきました。

顔がはっきりとはわからないのですが、何か怒っているようなオーラみたいな、雰囲気みたいなものは分かりました。

多分顔も、怒りでひどく歪んでそうな感じだと思います。

そんな雰囲気のその女性は、私に何かを訴えかけているのです。

「…どうして?どうしてなの!?なんで忘れようとするの!?」

その女性からはすごく怒りの感情が伝わってきました。

別にこちらに向かってくるわけでもなく、暴れるわけでもなく、でも確実にターゲットは私1人。

その何とも言えない状況がとても怖く感じました。

私は汗でびっしょりになりながら目が覚めました。

その時、私の右手首に冷たい何かが触れたような気がしました。

不思議に思った私は、何が触れたのか確かめようとしたのですが、体が動きませんでした。

同時にとてつもない恐怖と、右手首にえぐられるような痛みが走りました。

生暖かい何かが手のひらに伝って、錆びくさい臭いがしました。

私は必死に右を向こうと、体を動かそうとしたときに耳元ではっきりと、亡くなった姉の声が聞こえました。

「 う そ つ き 」

その声は低く、とても恨めしそうな声で、でもどこか悲しそうな、苦しいようなそんな声でした。

私はそこで気を失っていたようで、気がつくと朝になっていました。

「昨日のあれは全部夢だったのかな」

そう思いながら、体を起こそうと手をついたとき、濡れた感触と右手首に痛みを感じました。

見てみると右手首と布団が血で濡れていました。

私はあわてて洗面所に行き、血で濡れた手首を洗うと、そこにはぱっくりと裂けたような傷があったのです。

私は夢じゃなかったんだと思いました。

私が姉のことを忘れようとしたから、姉は私に怒ってるんだと思いました。

あの女性は姉だったんだ…。 右手首の傷は意外にも深かったようで、今でも跡が残っています。

話はこれで終わりです。

その出来事が起こってからは姉の夢も見ませんし、変わったこともなく過ごしています。

ですが、家族に話しても信じてもらえません。

ただ私は、この右手首の傷跡を見るたびに姉のことを思い出します。

きっと姉は私に忘れられてしまうことが嫌で、傷をつけたのだと思っています。

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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